[hs-a03] 幻の寝台 – 沖を眺望する

ここの海岸には草も生えない
なんといふさびしい海岸だ
かうしてしづかに浪を見ていると
浪の上に浪がかさなり
浪の上に白い夕方の月がうかんでくるやうだ
ただひとり出でて磯馴れ松の木をながめ
空にうかべる島と船とをながめ
私はながく手足をのばして寝ころんでいる
ながく呼べどもかへらざる幸福のかげをもとめ
沖に向つて眺望する。

[hs-a23] さびしい青猫 – くづれる肉体

蝙蝠のむらがつている野原の中で
わたしはくづれてゆく肉体の柱をながめた
それは宵闇にさびしくふるへて
影にそよぐ死びと草のやうになまぐさく
ぞろぞろと蛆虫の這ふ腐肉のやうに醜くかつた。
ああこの影を曳く景色のなかで
わたしの霊魂はむずがゆい恐怖をつかむ
それは港からきた船のやうに 遠く亡霊のいる島島を渡つてきた
それは風でもない 雨でもない
そのすべては愛欲のなやみにまつはる暗い恐れだ
さうして蛇つかひの吹く鈍い音色に
わたしのくづれてゆく影がさびしく泣いた。