[hs-a54] 艶めける霊魂 – 春宵

嫋めかしくも媚ある風情を
しつとりとした襦袢につつむ
くびれたごむの 跳ねかへす若い肉体を
こんなに近く抱いてるうれしさ
あなたの胸は鼓動にたかまり
その手足は肌にふれ
ほのかにつめたく やさしい感触の匂ひをつたふ。

ああこの溶けてゆく春夜の灯かげに
厚くしつとりと化粧されたる
ひとつの白い額をみる
ちひさな可愛いくちびるをみる
まぼろしの夢に浮んだ顔をながめる。

春夜のただよふ靄の中で
わたしはあなたの思ひをかぐ
あなたの思ひは愛にめざめて
ぱつちりとひらいた黒い瞳は
夢におどろき
みしらぬ歓楽をあやしむやうだ。
しづかな情緒のながれを通つて
ふたりの心にしみゆくもの
ああこのやすらかな やすらかな
すべてを愛に 希望にまかせた心はどうだ。

人生の春のまたたく灯かげに
嫋めかしくも媚ある肉体を
こんなに近く抱いてるうれしさ
処女のやはらかな肌のにほひは
花園にそよげるばらのやうで
情愁のなやましい性のきざしは
桜のはなの咲いたやうだ。

[hs-a25] さびしい青猫 – 緑色の笛

この黄昏の野原のなかを
耳のながい象たちがぞろりぞろりと歩いている。
黄色い夕月が風にゆらいで
あちこちに帽子のやうな草つぱがひらひらする。
さびしいですか お嬢さん!
ここに小さな笛があつて その音色は澄んだ緑です。
やさしく歌口をお吹きなさい
とうめいなる空にふるへて
あなたの蜃気楼をよびよせなさい
思慕のはるかな海の方から
ひとつの幻像がしだいにちかづいてくるやうだ。
それはくびのない猫のやうで 墓場の草影にふらふらする
いつそこんな悲しい暮景の中で 私は死んでしまひたいのです。お嬢さん!

[st-w10] 一 秋の思 – 秋風の歌

さびしさはいつともわかぬ山里に
尾花みだれて秋かぜぞふく
しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白雲の
飛びて行くへも見ゆるかな

暮影高く秋は黄の
桐の梢の琴の音に
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり

ゆふべ西風吹き落ちて
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの鶉巣に隠る

ふりさけ見れば青山も
色はもみじに染めかへて
霜葉をかへす秋風の
空の明鏡にあらはれぬ

清しいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみじ葉にきたるとき

道を伝ふる婆羅門の
西に東に散るごとく
吹き漂蕩す秋風に
飄り行く木の葉かな

朝羽うちふる鷲鷹の
明闇天をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽に声あり力あり

見ればかしこし西風の
山の木の葉をはらふとき
悲しいかなや秋風の
秋の百葉を落すとき

人は利剣を振へども
げにかぞふればかぎりあり
舌は時世をのゝしるも
声はたちまち滅ぶめり

高くも烈し野も山も
息吹まどはす秋風よ
世をかれ/″\となすまでは
吹きも休むべきけはひなし

あゝうらさびし天地の
壷の中なる秋の日や
落葉と共に飄る
風の行衛を誰か知る

[hs-a01] 幻の寝台 – 薄暮の部屋

つかれた心臓は夜をよく眠る
私はよく眠る
ふらんねるをきたさびしい心臓の所有者だ
なにものか そこをしづかに動いている夢の中なるちのみ児
寒さにかじかまる蝿のなきごえ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。

私はかなしむ この白つぽけた室内の光線を
私はさびしむ この力のない生命の韻動を。

恋びとよ
お前はそこに坐つている 私の寝台のまくらべに
恋びとよ お前はそこに坐つている。
お前のほつそりした頚すじ
お前のながくのばした髪の毛
ねえ やさしい恋びとよ
私のみじめな運命をさすつておくれ
私はかなしむ
私は眺める
そこに苦しげなるひとつの感情
病みてひろがる風景の憂欝を
ああ さめざめたる部屋の隅から つかれて床をさまよふ蝿の幽霊
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。

恋びとよ
私の部屋のまくらべに坐るをとめよ
お前はそこになにを見るのか
わたしについてなにを見るのか
この私のやつれたからだ 思想の過去に残した影を見ているのか
恋びとよ
すえた菊のにほひを嗅ぐやうに
私は嗅ぐ お前のあやしい情熱を その青ざめた信仰を
よし二人からだをひとつにし
このあたたかみあるものの上にしも お前の白い手をあてて 手をあてて。

恋びとよ
この閑寂な室内の光線はうす紅く
そこにもまた力のない蝿のうたごえ
ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。
恋びとよ
わたしのいじらしい心臓は お前の手や胸にかじかまる子供のやうだ
恋びとよ
恋びとよ。

[st-w07] 一 秋の思 – 傘のうち

二人してさす一張の
傘に姿をつゝむとも
情の雨のふりしきり
かわく間もなきたもとかな

顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
梅花の油黒髪の
乱れて匂ふ傘のうち

恋の一雨ぬれまさり
ぬれてこひしき夢の間や
染めてぞ燃ゆる紅絹うらの
雨になやめる足まとひ

歌ふをきけば梅川よ
しばし情を捨てよかし
いづこも恋に戯れて
それ忠兵衛の夢がたり

こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を乾さぬ間に
手に手をとりて行きて帰らじ

[hs-t18] 雲雀料理 – 掌上の種

われは手のうへに土を盛り、
土のうへに種をまく、
いま白きじようろもて土に水をそそぎしに、
水はせんせんとふりそそぎ、
土のつめたさはたなごころの上にぞしむ。
ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、
われは手を日光のほとりにさしのべしが、
さわやかなる風景の中にしあれば、
皮膚はかぐはしくぬくもりきたり、
手のうへの種はいとほしげにも呼吸づけり。

[hs-t03] 竹とその哀傷 – 竹

ますぐなるもの地面に生え、
するどき青きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なみだをたれ、
いまはや懺悔をはれる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき青きもの地面に生え。
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。

[hs-a03] 幻の寝台 – 沖を眺望する

ここの海岸には草も生えない
なんといふさびしい海岸だ
かうしてしづかに浪を見ていると
浪の上に浪がかさなり
浪の上に白い夕方の月がうかんでくるやうだ
ただひとり出でて磯馴れ松の木をながめ
空にうかべる島と船とをながめ
私はながく手足をのばして寝ころんでいる
ながく呼べどもかへらざる幸福のかげをもとめ
沖に向つて眺望する。

[hs-a10] 幻の寝台 – 野原に寝る

この感情の伸びてゆくありさま
まつすぐに伸びてゆく喬木のやうに
いのちの芽生のぐんぐんとのびる。
そこの青空へもせいのびをすればとどくやうに
せいも高くなり胸はばもひろくなつた。
たいそううららかな春の空気をすひこんで
小鳥たちが喰べものをたべるやうに
愉快で口をひらいてかはゆらしく
どんなにいのちの芽生たちが伸びてゆくことか。
草木は草木でいつさいに
ああ どんなにぐんぐんと伸びてゆくことか。
ひろびろとした野原にねころんで
まことに愉快な夢をみつづけた。