[hs-a24] さびしい青猫 – 鴉毛の婦人

やさしい鴉毛の婦人よ
わたしの家根裏の部屋にしのんできて
麝香のなまめかしい匂ひをみたす
貴女はふしぎな夜鳥
木製の椅子にさびしくとまつて
その嘴は心臓をついばみ 瞳孔はしづかな涙にあふれる
夜鳥よ
このせつない恋情はどこからくるか
あなたの憂欝なる衣裳をぬいで はや夜露の風に飛びされ。

[hs-a49] 閑雅な食慾 – 自然の背後に隠れて居る

僕等が薮のかげを通つたとき
まつくらの地面におよいでいる
およおよとする象像をみた
僕等は月の影をみたのだ。
僕等が草叢をすぎたとき
さびしい葉ずれの隙間から鳴る
そわそわといふ小笛をきいた。
僕等は風の声をみたのだ。

僕等はたよりない子供だから
僕等のあはれな感触では
わづかな現はれた物しか見えはしない。
僕等は遥かの丘の向うで
ひろびろとした自然に住んでる
かくれた万象の密語をきき
見えない生き物の動作をかんじた。

僕等は電光の森かげから
夕闇のくる地平の方から
煙の淡じろい影のやうで
しだいにちかづく巨像をおぼえた
なにかの妖しい相貌に見える
魔物の迫れる恐れをかんじた。

おとなの知らない希有の言葉で
自然は僕等をおびやかした
僕等は葦のやうにふるへながら
さびしい曠野に泣きさけんだ。
「お母ああさん! お母ああさん!」

[st-w15] 一 秋の思 – 別離

人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
誰かとゞめん旅人の
あすは雲間に隠るゝを
誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを

清き恋とや片し貝
われのみものを思ふより
恋はあふれて濁るとも
君に涙をかけましを

人妻恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人と
呼びたまふこそうれしけれ

あやめもしらぬ憂しや身は
くるしきこひの牢獄より
罪の鞭責をのがれいで
こひて死なんと思ふなり

誰かは花をたづねざる
誰かは色彩に迷はざる
誰かは前にさける見て
花を摘まんと思はざる

恋の花にも戯るゝ
嫉妬の蝶の身ぞつらき
二つの羽もをれ/\て
翼の色はあせにけり

人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや/\深き
われに思ひのあるものを

梅の花さくころほひは
蓮さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩さかばやと思ふかな

待つまも早く秋は来て
わが踏む道に萩さけど
濁りて待てる吾恋は
清き怨となりにけり

[hs-a11] 幻の寝台 – 蝿の唱歌

春はどこまできたか
春はそこまできて桜の匂ひをかぐはせた
子供たちのさけびは野に山に
はるやま見れば白い浮雲がながれている。
さうして私の心はなみだをおぼえる
いつもおとなしくひとりで遊んでいる私のこころだ
この心はさびしい
この心はわかき少年の昔より 私のいのちに日影をおとした
しだいにおほきくなる孤独の日かげ
おそろしい憂欝の日かげはひろがる。
いま室内にひとりで坐つて
暮れゆくたましひの日かげをみつめる
そのためいきはさびしくして
とどまる蝿のやうに力がない
しづかに暮れてゆく春の夕日の中を
私のいのちは力なくさまよひあるき
私のいのちは窓の硝子にとどまりて
たよりなき子供等のすすりなく唱歌をきいた。

[hs-a54] 艶めける霊魂 – 春宵

嫋めかしくも媚ある風情を
しつとりとした襦袢につつむ
くびれたごむの 跳ねかへす若い肉体を
こんなに近く抱いてるうれしさ
あなたの胸は鼓動にたかまり
その手足は肌にふれ
ほのかにつめたく やさしい感触の匂ひをつたふ。

ああこの溶けてゆく春夜の灯かげに
厚くしつとりと化粧されたる
ひとつの白い額をみる
ちひさな可愛いくちびるをみる
まぼろしの夢に浮んだ顔をながめる。

春夜のただよふ靄の中で
わたしはあなたの思ひをかぐ
あなたの思ひは愛にめざめて
ぱつちりとひらいた黒い瞳は
夢におどろき
みしらぬ歓楽をあやしむやうだ。
しづかな情緒のながれを通つて
ふたりの心にしみゆくもの
ああこのやすらかな やすらかな
すべてを愛に 希望にまかせた心はどうだ。

人生の春のまたたく灯かげに
嫋めかしくも媚ある肉体を
こんなに近く抱いてるうれしさ
処女のやはらかな肌のにほひは
花園にそよげるばらのやうで
情愁のなやましい性のきざしは
桜のはなの咲いたやうだ。

[st-w06] 一 秋の思 – 君がこゝろは

君がこゝろは蟋蟀の
風にさそはれ鳴くごとく
朝影清き花草に
惜しき涙をそゝぐらむ

それかきならす玉琴の
一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ

あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる吾こひに
触れたまはぬぞ恨みなる

[st-w44] 四 深林の逍遥、其他 – 合唱 四 高楼

わかれゆくひとををしむとこよひより
とほきゆめちにわれやまとはん

とほきわかれに
たへかねて
このたかどのに
のぼるかな

かなしむなかれ
わがあねよ
たびのころもを
とゝのへよ

わかれといへば
むかしより
このひとのよの
つねなるを

ながるゝみづを
ながむれば
ゆめはづかしき
なみだかな

したへるひとの
もとにゆく
きみのうへこそ
たのしけれ

ふゆやまこえて
きみゆかば
なにをひかりの
わがみぞや

あゝはなとりの
いろにつけ
ねにつけわれを
おもへかし

けふわかれては
いつかまた
あひみるまでの
いのちかも

きみがさやけき
めのいろも
きみくれないの
くちびるも

きみがみどりの
くろかみも
またいつかみん
このわかれ

なれがやさしき
なぐさめも
なれがたのしき
うたごえも

なれがこゝろの
ことのねも
またいつきかん
このわかれ

きみのゆくべき
やまかはは
おつるなみだに
みえわかず

そでのしぐれの
ふゆのひに
きみにおくらん
はなもがな

そでにおほへる
うるはしき
ながかほばせを
あげよかし

ながくれないの
かほばせに
ながるゝなみだ
われはぬぐはん

[st-w34] 三 生のあけぼの – 暮

たれか聞くらん暮の声
霞の翼雲の帯
煙の衣露の袖
つかれてなやむあらそひを
闇のかなたに投げ入れて
夜の使の蝙蝠の
飛ぶ間も声のをやみなく
こゝに影あり迷あり
こゝに夢あり眠あり
こゝに闇あり休息あり
こゝに永きあり遠きあり
こゝに死ありとうたひつゝ
草木にいこひ野にあゆみ
かなたに落つる日とともに
色なき闇に暮ぞ隠るゝ