[hs-a54] 艶めける霊魂 – 春宵

嫋めかしくも媚ある風情を
しつとりとした襦袢につつむ
くびれたごむの 跳ねかへす若い肉体を
こんなに近く抱いてるうれしさ
あなたの胸は鼓動にたかまり
その手足は肌にふれ
ほのかにつめたく やさしい感触の匂ひをつたふ。

ああこの溶けてゆく春夜の灯かげに
厚くしつとりと化粧されたる
ひとつの白い額をみる
ちひさな可愛いくちびるをみる
まぼろしの夢に浮んだ顔をながめる。

春夜のただよふ靄の中で
わたしはあなたの思ひをかぐ
あなたの思ひは愛にめざめて
ぱつちりとひらいた黒い瞳は
夢におどろき
みしらぬ歓楽をあやしむやうだ。
しづかな情緒のながれを通つて
ふたりの心にしみゆくもの
ああこのやすらかな やすらかな
すべてを愛に 希望にまかせた心はどうだ。

人生の春のまたたく灯かげに
嫋めかしくも媚ある肉体を
こんなに近く抱いてるうれしさ
処女のやはらかな肌のにほひは
花園にそよげるばらのやうで
情愁のなやましい性のきざしは
桜のはなの咲いたやうだ。

[st-w30] 三 生のあけぼの – 明星

浮べる雲と身をなして
あしたの空に出でざれば
などしるらめや明星の
光の色のくれないを

朝の潮と身をなして
流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
清みて哀しききらめきを

なにかこひしき暁星の
空しき天の戸を出でて
深くも遠きほとりより
人の世近く来るとは

潮の朝のあさみどり
水底深き白石を
星の光に透かし見て
朝の齢を数ふべし

野の鳥ぞ啼く山河も
ゆふべの夢をさめいでて
細く棚引くしのゝめの
姿をうつす朝ぼらけ

小夜には小夜のしらべあり
朝には朝の音もあれど
星の光の糸の緒に
あしたの琴は静なり

まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと/\若き光をば
名けましかば明星と