五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつかは一度、あの空に光る、雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。
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[hs-t20] 雲雀料理 – 焦心
霜ふりてすこしつめたき朝を、
手に雲雀料理をささげつつ歩みゆく少女あり、
そのとき並木にもたれ、
白粉もてぬられたる女のほそき指と指との隙間をよくよく窺ひ、
このうまき雲雀料理をば盗み喰べんと欲して、
しきりにも焦心し、
あるひとのごときはあまりに焦心し、まつたく合掌せるにおよべり。
[hs-t03] 竹とその哀傷 – 竹
ますぐなるもの地面に生え、
するどき青きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なみだをたれ、
いまはや懺悔をはれる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき青きもの地面に生え。
光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
[hs-a18] 憂欝なる桜 – 鶏
しののめきたるまへ
家家の戸の外で鳴いているのは鶏です
声をばながくふるはして
さむしい田舎の自然からよびあげる母の声です
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
朝のつめたい臥床の中で
私のたましひは羽ばたきをする
この雨戸の隙間からみれば
よもの景色はあかるくかがやいているやうです
されどもしののめきたるまへ
私の臥床にしのびこむひとつの憂愁
けぶれる木木の梢をこえ
遠い田舎の自然からよびあげる鶏のこえです
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
恋びとよ
恋びとよ
有明のつめたい障子のかげに
私はかぐ ほのかなる菊のにほひを
病みたる心霊のにほひのやうに
かすかにくされゆく白菊のはなのにほひを
恋びとよ
恋びとよ。
しののめきたるまへ
私の心は墓場のかげをさまよひあるく
ああ なにものか私をよぶ苦しきひとつの焦燥
このうすい紅いろの空気にはたへられない
恋びとよ
母上よ
早くきてともしびの光を消してよ
私はきく 遠い地角のはてを吹く大風のひびきを
とをてくう、とをるもう、とをるもう。
[it-k183] 買ひおきし
買ひおきし
薬つきたる朝に来し
友のなさけの為替のかなしさ。
[it-k036] 昨日まで朝から晩まで張りつめし
昨日まで朝から晩まで張りつめし
あのこころもち
忘れじと思へど。
[it-k012] 何となく
何となく、
今朝は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪を切る。
何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
何となく、
案外に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。
何となく、
自分を嘘のかたまりの如く思ひて、
目をばつぶれる。
[it-k011] なつかしき冬の朝かな
なつかしき冬の朝かな。
湯をのめば、
湯気がやはらかに、顔にかかれり。
[it-k007] 旅を思ふ夫の心!
旅を思ふ夫の心!
叱り、泣く、妻子の心!
朝の食卓!
[it-k072] 引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ
引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、
女の写真!
忘れゐし写真!