[hs-a19] さびしい青猫 – みじめな街灯

雨のひどくふつてる中で
道路の街灯はびしよびしよぬれ
やくざな建築は坂に傾斜し へしつぶされて歪んでいる
はうはうぼうぼうとした煙霧の中を
あるひとの運命は白くさまよふ
そのひとは大外套に身をくるんで
まづしく みすぼらしい鳶のやうだ
とある建築の窓に生えて
風雨にふるへる ずつくりぬれた青樹をながめる
その青樹の葉つぱがかれを手招き
かなしい雨の景色の中で
厭やらしく 霊魂のぞつとするものを感じさせた。
さうしてびしよびしよに濡れてしまつた。
影も からだも 生活も 悲哀でびしよびしよに濡れてしまつた。

[hs-a35] 閑雅な食慾 – 閑雅な食慾

松林の中を歩いて
あかるい気分の珈琲店をみた。
遠く市街を離れたところで
だれも訪づれてくるひとさへなく
林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店である。
をとめは恋恋の羞をふくんで
あけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる仕組
私はゆつたりとふほふくを取つて
おむれつ ふらいの類を喰べた。
空には白い雲が浮んで
たいそう閑雅な食慾である。