[hs-a35] 閑雅な食慾 – 閑雅な食慾

松林の中を歩いて
あかるい気分の珈琲店をみた。
遠く市街を離れたところで
だれも訪づれてくるひとさへなく
林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店である。
をとめは恋恋の羞をふくんで
あけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる仕組
私はゆつたりとふほふくを取つて
おむれつ ふらいの類を喰べた。
空には白い雲が浮んで
たいそう閑雅な食慾である。

[hs-a36] 閑雅な食慾 – 馬車の中で

馬車の中で
私はすやすやと眠つてしまつた。
きれいな婦人よ
私をゆり起してくださるな
明るい街灯の巷をはしり
すずしい緑蔭の田舎をすぎ
いつしか海の匂ひも行手にちかくそよいでいる。
ああ蹄の音もかつかつとして
私はうつつにうつつを追ふ
きれいな婦人よ
旅館の花ざかりなる軒にくるまで
私をゆり起してくださるな。