松林の中を歩いて
あかるい気分の珈琲店をみた。
遠く市街を離れたところで
だれも訪づれてくるひとさへなく
林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店である。
をとめは恋恋の羞をふくんで
あけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる仕組
私はゆつたりとふほふくを取つて
おむれつ ふらいの類を喰べた。
空には白い雲が浮んで
たいそう閑雅な食慾である。
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[hs-a36] 閑雅な食慾 – 馬車の中で
馬車の中で
私はすやすやと眠つてしまつた。
きれいな婦人よ
私をゆり起してくださるな
明るい街灯の巷をはしり
すずしい緑蔭の田舎をすぎ
いつしか海の匂ひも行手にちかくそよいでいる。
ああ蹄の音もかつかつとして
私はうつつにうつつを追ふ
きれいな婦人よ
旅館の花ざかりなる軒にくるまで
私をゆり起してくださるな。
[it-k009] 痛む歯をおさへつつ
痛む歯をおさへつつ、
日が赤赤と、
冬の靄の中にのぼるを見たり。
[it-k076] 笑ふにも笑はれざりき
笑ふにも笑はれざりき――
長いこと捜したナイフの
手の中にありしに。
[it-k001] 呼吸すれば
呼吸すれば、
胸の中にて鳴る音あり。
凩よりもさびしきその音!
[it-i039] 煙 – 一 (39)
人ごみの中をわけ来る
わが友の
むかしながらの太き杖かな
[it-i048] 煙 – 二 (1)
ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
[it-i121] 忘れがたき人人 – 一 (20)
むやむやと
口の中にてたふとげの事を呟く
乞食もありき
[it-i190] 忘れがたき人人 – 一 (89)
よりそひて
深夜の雪の中に立つ
女の右手のあたたかさかな