[st-w18] 二 六人の処女 – おきぬ

みそらをかける猛鷲の
人の処女の身に落ちて
花の姿に宿かれば
風雨に渇き雲に饑え
天翅るべき術をのみ
願ふ心のなかれとて
黒髪長き吾身こそ
うまれながらの盲目なれ

芙蓉を前の身とすれば
涙は秋の花の露
小琴を前の身とすれば
愁は細き糸の音
いま前の世は鷲の身の
処女にあまる羽翼かな

あゝあるときは吾心
あらゆるものをなげうちて
世はあじきなき浅茅生の
茂れる宿と思ひなし
身は術もなき蟋蟀の
夜の野草にはひめぐり
たゞいたづらに音をたてて
うたをうたふと思ふかな

色にわが身をあたふれば
処女のこゝろ鳥となり
恋に心をあたふれば
鳥の姿は処女にて
処女ながらも空の鳥
猛鷲ながら人の身の
天と地とに迷ひいる
身の定めこそ悲しけれ

[st-w17] 二 六人の処女 – おえふ

処女ぞ経ぬるおほかたの
われは夢路を越えてけり
わが世の坂にふりかへり
いく山河をながむれば

水静かなる江戸川の
ながれの岸にうまれいで
岸の桜の花影に
われは処女となりにけり

都鳥浮く大川に
流れてそゝぐ川添の
白菫さく若草に
夢多かりし吾身かな

雲むらさきの九重の
大宮内につかへして
清涼殿の春の夜の
月の光に照らされつ

雲を彫め涛を刻り
霞をうかべ日をまねく
玉の台の欄干に
かゝるゆふべの春の雨

さばかり高き人の世の
耀くさまを目にも見て
ときめきたまふさま/″\の
ひとりのころもの香をかげり

きらめき初むる暁星の
あしたの空に動くごと
あたりの光きゆるまで
さかえの人のさまも見き

天つみそらを渡る日の
影かたぶけるごとくにて
名の夕暮に消えて行く
秀でし人の末路も見き

春しづかなる御園生の
花に隠れて人を哭き
秋のひかりの窓に倚り
夕雲とほき友を恋ふ

ひとりの姉をうしなひて
大宮内の門を出で
けふ江戸川に来て見れば
秋はさみしきながめかな

桜の霜葉黄に落ちて
ゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水静かにて
あゆみは遅きわがおもひ

おのれも知らず世を経れば
若き命に堪へかねて
岸のほとりの草を藉き
微笑みて泣く吾身かな