われは手のうへに土を盛り、
土のうへに種をまく、
いま白きじようろもて土に水をそそぎしに、
水はせんせんとふりそそぎ、
土のつめたさはたなごころの上にぞしむ。
ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、
われは手を日光のほとりにさしのべしが、
さわやかなる風景の中にしあれば、
皮膚はかぐはしくぬくもりきたり、
手のうへの種はいとほしげにも呼吸づけり。
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[hs-t32] くさつた蛤 – およぐひと
およぐひとのからだはななめにのびる、
二本の手はながくそろへてひきのばされる、
およぐひとの心臓はくらげのやうにすきとほる、
およぐひとの瞳はつりがねのひびきをききつつ、
およぐひとのたましひは水のうへの月をみる。
[hs-a50] 艶めける霊魂 – 艶めける霊魂
そよげる
やはらかい草の影から
花やかに いきいきと目をさましてくる情慾
燃えあがるやうに
たのしく
うれしく
こころ春めく春の感情。
つかれた生涯のあじない昼にも
孤独の暗い部屋の中にも
しぜんとやはらかく そよげる窓の光はきたる
いきほひたかぶる機能の昂進
そは世に艶めけるおもひのかぎりだ
勇気にあふれる希望のすべてだ。
ああこのわかやげる思ひこそは
春日にとける雪のやうだ
やさしく芽ぐみ
しぜんに感ずるぬくみのやうだ
たのしく
うれしく
こころときめく性の躍動。
とざせる思想の底を割つて
しづかにながれるいのちをかんずる
あまりに憂欝のなやみふかい沼の底から
わづかに水のぬくめるやうに
さしぐみ
はじらひ
ためらひきたれる春をかんずる。
[it-i005] 煙 – 一 (5)
ほとばしる喞筒の水の
心地よさよ
しばしは若きこころもて見る
[it-i125] 忘れがたき人人 – 一 (24)
大川の水の面を見るごとに
郁雨よ
君のなやみを思ふ
[it-i197] 忘れがたき人人 – 一 (96)
酔ひてわがうつむく時も
水ほしと眼ひらく時も
呼びし名なりけり
[st-w17] 二 六人の処女 – おえふ
処女ぞ経ぬるおほかたの
われは夢路を越えてけり
わが世の坂にふりかへり
いく山河をながむれば
水静かなる江戸川の
ながれの岸にうまれいで
岸の桜の花影に
われは処女となりにけり
都鳥浮く大川に
流れてそゝぐ川添の
白菫さく若草に
夢多かりし吾身かな
雲むらさきの九重の
大宮内につかへして
清涼殿の春の夜の
月の光に照らされつ
雲を彫め涛を刻り
霞をうかべ日をまねく
玉の台の欄干に
かゝるゆふべの春の雨
さばかり高き人の世の
耀くさまを目にも見て
ときめきたまふさま/″\の
ひとりのころもの香をかげり
きらめき初むる暁星の
あしたの空に動くごと
あたりの光きゆるまで
さかえの人のさまも見き
天つみそらを渡る日の
影かたぶけるごとくにて
名の夕暮に消えて行く
秀でし人の末路も見き
春しづかなる御園生の
花に隠れて人を哭き
秋のひかりの窓に倚り
夕雲とほき友を恋ふ
ひとりの姉をうしなひて
大宮内の門を出で
けふ江戸川に来て見れば
秋はさみしきながめかな
桜の霜葉黄に落ちて
ゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水静かにて
あゆみは遅きわがおもひ
おのれも知らず世を経れば
若き命に堪へかねて
岸のほとりの草を藉き
微笑みて泣く吾身かな
[st-w38] 四 深林の逍遥、其他 – 三
今しもわたる深山かぜ
春はしづかに吹きかよふ
林の簫の音をきけば
風のしらべにさそはれて
みれどもあかぬ白妙の
雲の羽袖の深山木の
千枝にかゝりたちはなれ
わかれ舞ひゆくすがたかな
樹々をわたりて行く雲の
しばしと見ればあともなき
高き行衛にいざなはれ
千々にめぐれる巌影の
花にも迷ひ石に倚り
流るゝ水の音をきけば
山は危ふく石わかれ
削りてなせる青巌に
砕けて落つる飛潭の
湧きくる波の瀬を早み
花やかにさす春の日の
光炯照りそふ水けぶり
独り苔むす岩を攀じ
ふるふあゆみをふみしめて
浮べる雲をうかゞへば
下にとゞろく飛潭の
澄むいとまなき岩波は
落ちていづくに下るらん
山精
なにをいざよふ
むらさきの
ふかきはやしの
はるがすみ
なにかこひしき
いはかげを
ながれていづる
いづみがは
木精
かくれてうたふ
野の山の
こえなきこえを
きくやきみ
つゝむにあまる
はなかげの
水のしらべを
しるやきみ
山精
あゝながれつゝ
こがれつゝ
うつりゆきつゝ
うごきつゝ
あゝめぐりつゝ
かへりつゝ
うちわらひつゝ
むせびつゝ
木精
いまひのひかり
はるがすみ
いまはなぐもり
はるのあめ
あゝあゝはなの
つゆに酔ひ
ふかきはやしに
うたへかし
[st-w56] 四 深林の逍遥、其他 – 天馬 牝馬
青波深きみづうみの
岸のほとりに生れてし
天の牝馬は東なる
かの陸奥の野に住めり
霞に霑ひ風に擦れ
音もわびしき枯くさの
すゝき尾花にまねかれて
荒野に嘆く牝馬かな
誰か燕の声を聞き
たのしきうたを耳にして
日も暖かに花深き
西も空をば慕はざる
誰か秋鳴くかりがねの
かなしき歌に耳たてて
ふるさとさむき遠天の
雲の行衛を慕はざる
白き羚羊に見まほしく
透きては深く柔軟き
眼の色のうるほひは
吾が古里を忍べばか
蹄も薄く肩痩せて
四つの脚さへ細りゆき
その鬣の艶なきは
荒野の空に嘆けばか
春は名取の若草や
病める力に石を引き
夏は国分の嶺を越え
牝馬にあまる塩を負ふ
秋は広瀬の川添の
紅葉の蔭にむちうたれ
冬は野末に日も暮れて
みぞれの道の泥に饑ゆ
鶴よみそらの雲に飽き
朝の霞の香に酔ひて
春の光の空を飛ぶ
羽翼の色の嫉きかな
獅子よさみしき野に隠れ
道なき森に驚きて
あけぼの露にふみ迷ふ
鋭き爪のこひしやな
鹿よ秋山妻恋に
黄葉のかげを踏みわけて
谷間の水に喘ぎよる
眼睛の色のやさしやな
人をつめたくあじきなく
思ひとりしは幾歳か
命を薄くあさましく
思ひ初めしは身を責むる
強き軛に嘆き侘び
花に涙をそゝぐより
悲しいかなや春の野に
湧ける泉を飲み干すも
天の牝馬のかぎりなき
渇ける口をなにかせむ
悲しいかなや行く水の
岸の柳の樹の蔭の
かの新草の多くとも
饑えたる喉をいかにせむ
身は塵埃の八重葎
しげれる宿にうまるれど
かなしや地の青草は
その慰藉にあらじかし
あゝ天雲や天雲や
塵の是世にこれやこの
轡も折れよ世も捨てよ
狂ひもいでよ軛さへ
噛み砕けとぞ祈るなる
牝馬のこゝろ哀なり
尽きせぬ草のありといふ
天つみそらの慕はしや
渇かぬ水の湧くといふ
天の泉のなつかしや
せまき厩を捨てはてて
空を行くべき馬の身の
心ばかりははやれども
病みては零つる涙のみ
草に生れて草に泣く
姿やさしき天の馬
うき世のものにことならで
消ゆる命のもろきかな
散りてはかなき柳葉の
そのすがたにも似たりけり
波に消え行く淡雪の
そのすがたにも似たりけり
げに世の常の馬ならば
かくばかりなる悲嘆に
身の苦悶を恨み侘び
声ふりあげて嘶かん
乱れて長き鬣の
この世かの世の別れにも
心ばかりは静和なる
深く悲しき声きけば
あゝ幽遠なる気息に
天のうれひを紫の
野末の花に吹き残す
世の名残こそはかなけれ
[st-w29] 三 生のあけぼの – 小詩
くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくまゝし
かのいづみ
かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのまゝし
かのいづみ
かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん
かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ