[hs-t41] さびしい情慾 – 愛憐

きつと可愛いかたい歯で、
草のみどりをかみしめる女よ、
女よ、
このうす青い草のいんきで、
まんべんなくお前の顔をいろどつて、
おまへの情慾をたかぶらしめ、
しげる草むらでこつそりあそばう、
みたまへ、
ここにはつりがね草がくびをふり、
あそこではりんだうの手がしなしなと動いている、
ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、
お前はお前で力いつぱいに私のからだを押へつける、
さうしてこの人気のない野原の中で、
わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、
ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、
おまへの美しい皮膚の上に、青い草の葉の汁をぬりつけてやる。

[hs-a31] さびしい青猫 – 五月の死びと

この生づくりにされたからだは
きれいに しめやかに なまめかしくも彩色されてる
その胸も その唇も その顔も その腕も
ああ みなどこもしつとりと膏油や刷毛で塗られている。
やさしい五月の死びとよ
わたしは緑金の蛇のやうにのたうちながら
ねばりけのあるものを感触し
さうして「死」の絨毯に肌身をこすりねりつけた。

[hs-a38] 閑雅な食慾 – 最も原始的な情緒

この密林の奥ふかくに
おほきな護謨葉樹のしげれるさまは
ふしぎな象の耳のやうだ。
薄闇の湿地にかげをひいて
ぞくぞくと這へる羊歯植物 爬虫類
蛇 とかげ いもり 蛙 さんしようをの類。

白昼のかなしい思慕から
なにをあだむが追憶したか
原始の情緒は雲のやうで
むげんにいとしい愛のやうで
はるかな記憶の彼岸にうかんで
とらへどころもありはしない。

[st-w22] 二 六人の処女 – おきく

くろかみながく
やはらかき
をんなごころを
たれかしる

をとこのかたる
ことのはを
まこととおもふ
ことなかれ

をとめごころの
あさくのみ
いひもつたふる
をかしさや

みだれてながき
鬢の毛を
黄楊の小櫛に
かきあげよ

あゝ月ぐさの
きえぬべき
こひもするとは
たがことば

こひて死なんと
よみいでし
あつきなさけは
誰がうたぞ

みちのためには
ちをながし
くにには死ぬる
をとこあり

治兵衛はいづれ
恋か名か
忠兵衛も名の
ために果つ

あゝむかしより
こひ死にし
をとこのありと
しるや君

をんなごころは
いやさらに
ふかきなさけの
こもるかな

小春はこひに
ちをながし
梅川こひの
ために死ぬ

お七はこひの
ために焼け
高尾はこひの
ために果つ

かなしからずや
清姫は
蛇となれるも
こひゆえに

やさしからずや
佐容姫は
石となれるも
こひゆえに

をとこのこひの
たはぶれは
たびにすてゆく
なさけのみ

こひするなかれ
をとめごよ
かなしむなかれ
わがともよ

こひするときと
かなしみと
いづれかながき
いづれみじかき