[hs-a21] さびしい青猫 – 題のない歌

南洋の日にやけた裸か女のやうに
夏草の茂つている波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた
ふはふはとした雲が白くたちのぼつて
船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。
わたしは鶉のやうに羽ばたきながら
さうして丈の高い野茨の上を飛びまはつた
ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか
ふしぎな情熱になやみながら
わたしは沈黙の墓地をたづねあるいた
それはこの草叢の風に吹かれている
しづかに 錆びついた 恋愛鳥の木乃伊であつた。

[st-w36] 四 深林の逍遥、其他 – 一

力を刻む木匠の
うちふる斧のあとを絶え
春の草花彫刻の
鑿の韻もとゞめじな
いろさま/″\の春の葉に
青一筆の痕もなく
千枝にわかるゝ赤樟も
おのづからなるすがたのみ
桧は荒し杉直し
五葉は黒し椎の木の
枝をまじゆる白樫や
樗は茎をよこたへて
枝と枝とにもゆる火の
なかにやさしき若楓

山精

ひとにしられぬ
たのしみの
ふかきはやしを
たれかしる

ひとにしられぬ
はるのひの
かすみのおくを
たれかしる

木精

はなのむらさき
はのみどり
うらわかぐさの
のべのいと

たくみをつくす
大機の
梭のはやしに
きたれかし

山精

かのもえいづる
くさをふみ
かのわきいづる
みづをのみ

かのあたらしき
はなにえひ
はるのおもひの
なからずや

木精

ふるきころもを
ぬぎすてて
はるのかすみを
まとへかし

なくうぐひすの
ねにいでて
ふかきはやしに
うたへかし