[hs-a16] 憂欝なる桜 – 憂欝の川辺

川辺で鳴つている
芦や葦のさやさやといふ音はさびしい
しぜんに生えてる
するどい ちひさな植物 草本の茎の類はさびしい
私は眼を閉じて
なにかの草の根を噛まうとする
なにかの草の汁をすふために 憂愁の苦い汁をすふために
げにそこにはなにごとの希望もない
生活はただ無意味な憂欝の連なりだ
梅雨だ
じめじめとした雨の点滴のやうなものだ
しかし ああ また雨! 雨! 雨!
そこには生える不思議の草本
あまたの悲しい羽虫の類
それは憂欝に這ひまはる 岸辺にそうて這ひまはる
じめじめとした川の岸辺を行くものは
ああこの光るいのちの葬列か
光る精神の病霊か
物みなしぜんに腐れゆく岸辺の草むら
雨に光る木材質のはげしき匂ひ。

[st-w41] 四 深林の逍遥、其他 – 合唱 一 暗香

はるのよはひかりはかりとおもひしを
しろきやうめのさかりなるらむ

わかきいのちの
をしければ
やみにも春の
香に酔はん

せめてこよひは
さほひめよ
はなさくかげに
うたへかし

そらもえへりや
はるのよは
ほしもかくれて
みえわかず

よめにもそれと
ほのしろく
みだれてにほふ
うめのはな

はるのひかりの
こひしさに
かたちをかくす
うぐひすよ

はなさへしるき
はるのよの
やみをおそるゝ
ことなかれ

うめをめぐりて
ゆくみづの
やみをながるゝ
せゝらぎや

ゆめもさそはぬ
香なりせば
いづれかよるに
にほはまし

こぞのこよひは
わがともの
うすこうばいの
そめごろも

ほかげにうつる
さかづきを
こひのみえへる
よなりけり

こぞのこよひは
わがともの
なみだをうつす
よのなごり

かげもかなしや
木下川に
うれひしづみし
よなりけり

こぞのこよひは
わがともの
おもひははるの
よのゆめや

よをうきものに
いでたまふ
ひとめをつゝむ
よなりけり

こぞのこよひは
わがともの
そでのかすみの
はなむしろ

ひくやことのね
たかじほを
うつしあはせし
よなりけり

わがみぎのてに
くらぶれば
やさしきなれが
たなごころ

ふるればいとゞ
やはらかに
もゆるかあつく
おもほゆる

もゆるやいかに
こよひはと
とひたまふこそ
うれしけれ

しりたまはずや
うめがかに
わがうまれてし
はるのよを