[hs-t01] 竹とその哀傷 – 地面の底の病気の顔

地面の底に顔があらはれ、
さみしい病人の顔があらはれ。

地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつている、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。

地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。

[hs-t24] 悲しい月夜 – 危険な散歩

春になつて、
おれは新らしい靴のうらにごむをつけた、
どんな粗製の歩道をあるいても、
あのいやらしい音がしないやうに、
それにおれはどつさり壊れものをかかへこんでる、
それがなによりけんのんだ。
さあ、そろそろ歩きはじめた、
みんなそつとしてくれ、
そつとしてくれ、
おれは心配で心配でたまらない、
たとへどんなことがあつても、
おれの歪んだ足つきだけは見ないでおくれ。
おれはぜつたいぜつめいだ、
おれは病気の風船のりみたいに、
いつも憔悴した方角で、
ふらふらふらふらあるいているのだ。

[hs-t34] くさつた蛤 – 猫

まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでいる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』

[hs-a04] 幻の寝台 – 強い腕に抱かる

風にふかれる葦のやうに
私の心は弱弱しく いつも恐れにふるへている
女よ
おまへの美しい精悍の右腕で
私のからだをがつしりと抱いてくれ
このふるへる病気の心を しづかにしづかになだめてくれ
ただ抱きしめてくれ私のからだを
ひつたりと肩によりそひながら
私の弱弱しい心臓の上に
おまへのかはゆらしい あたたかい手をおいてくれ
ああ 心臓のここのところに手をあてて
女よ
さうしておまへは私に話しておくれ
涙にぬれたやさしい言葉で
「よい子よ
恐れるな なにものをも恐れなさるな
あなたは健康で幸福だ
なにものがあなたの心をおびやかさうとも あなたはおびえてはなりません
ただ遠方をみつめなさい
めばたきをしなさるな
めばたきをするならば あなたの弱弱しい心は鳥のやうに飛んで行つてしまふのだ
いつもしつかりと私のそばによりそつて
私のこの健康な心臓を
このうつくしい手を
この胸を この腕を
さうしてこの精悍の乳房をしつかりと。」

[hs-a48] 閑雅な食慾 – 白い牡鶏

わたしは田舎の鶏です
まづしい農家の庭に羽ばたきし
垣根をこえて
わたしは乾からびた小虫をついばむ。
ああ この冬の日の陽ざしのかげに
さびしく乾地の草をついばむ
わたしは白つぽい病気の牡鶏
あはれな かなしい 羽ばたきをする生物です。

私はかなしい田舎の鶏
家根をこえ
垣根をこえ
墓場をこえて
はるかの野末にふるへさけぶ
ああ私はこはれた日時計 田舎の白つぽい牡鶏です。