地面の底に顔があらはれ、
さみしい病人の顔があらはれ。
地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつている、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。
地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。
地面の底に顔があらはれ、
さみしい病人の顔があらはれ。
地面の底のくらやみに、
うらうら草の茎が萌えそめ、
鼠の巣が萌えそめ、
巣にこんがらかつている、
かずしれぬ髪の毛がふるえ出し、
冬至のころの、
さびしい病気の地面から、
ほそい青竹の根が生えそめ、
生えそめ、
それがじつにあはれふかくみえ、
けぶれるごとくに視え、
じつに、じつに、あはれふかげに視え。
地面の底のくらやみに、
さみしい病人の顔があらはれ。
ながい疾患のいたみから、
その顔はくもの巣だらけとなり、
腰からしたは影のやうに消えてしまひ、
腰からうへには薮が生え、
手が腐れ
身体いちめんがじつにめちやくちやなり、
ああ、けふも月が出で、
有明の月が空に出で、
そのぼんぼりのやうなうすらあかりで、
畸形の白犬が吠えている。
しののめちかく、
さみしい道路の方で吠える犬だよ。
兵隊どもの列の中には、
性分のわるいものが居たので、
たぶん標的の図星をはづした。
銃殺された男が、
夢のなかで息をふきかへしたときに、
空にはさみしいなみだがながれていた。
『これはさういふ種類の煙草です』
森の中の小径にそうて、
まつ白い共同椅子がならんでいる、
そこらはさむしい山の中で、
たいそう緑のかげがふかい、
あちらの森をすかしてみると、
そこにもさみしい木立がみえて、
上品な、まつしろな椅子の足がそろつている。
雨のふる間
眺めは白ぼけて
建物 建物 びたびたにぬれ
さみしい荒廃した田舎をみる
そこに感情をくさらして
かれらは馬のやうにくらしていた。
私は家の壁をめぐり
家の壁に生える苔をみた
かれらの食物は非常にわるく
精神さへも梅雨じみて居る。
雨のながくふる間
私は退屈な田舎に居て
退屈な自然に漂泊している
薄ちやけた幽霊のやうな影をみた。
私は貧乏を見たのです
このびたびたする雨気の中に
ずつくり濡れたる 孤独の 非常に厭やらしいものを見たのです。
あかるい屏風のかげにすわつて
あなたのしづかな寝息をきく。
香炉のかなしいけむりのやうに
そこはかとたちまよふ
女性のやさしい匂ひをかんずる。
かみの毛ながきあなたのそばに
睡魔のしぜんな言葉をきく
あなたはふかい眠りにおち
わたしはあなたの夢をかんがふ
このふしぎなる情緒
影なきふかい想ひはどこへ行くのか。
薄暮のほの白いうれひのやうに
はるかに幽かな湖水をながめ
はるばるさみしい麓をたどつて
見しらぬ遠見の山の峠に
あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。
ああ なににあこがれもとめて
あなたはいづこへ行かうとするか
いづこへ いづこへ 行かうとするか
あなたの感傷は夢魔に饐えて
白菊の花のくさつたやうに
ほのかに神秘なにほひをたたふ。
(とりとめもない夢の気分とその抒情)
門にたち出でたゞひとり
人待ち顔のさみしさに
ゆふべの空をながむれば
雲の宿りも捨てはてて
何かこひしき人の世に
流れて落つる星一つ
うき雲はありともわかぬ大空の
月のかげよりふるしぐれかな
きみがはかばに
きゞくあり
きみがはかばに
さかきあり
くさはにつゆは
しげくして
おもからずやは
そのしるし
いつかねむりを
さめいでて
いつかへりこん
わがはゝよ
紅羅ひく子も
ますらをも
みなちりひじと
なるものを
あゝさめたまふ
ことなかれ
あゝかへりくる
ことなかれ
はるははなさき
はなちりて
きみがはかばに
かゝるとも
なつはみだるゝ
ほたるびの
きみがはかばに
とべるとも
あきはさみしき
あきさめの
きみがはかばに
そゝぐとも
ふゆはましろに
ゆきじもの
きみがはかばに
こほるとも
とほきねむりの
ゆめまくら
おそるゝなかれ
わがはゝよ
秋は来ぬ
秋は来ぬ
一葉は花は露ありて
風の来て弾く琴の音に
青き葡萄は紫の
自然の酒とかはりけり
秋は来ぬ
秋は来ぬ
おくれさきだつ秋草も
みな夕霜のおきどころ
笑ひの酒を悲みの
杯にこそつぐべけれ
秋は来ぬ
秋は来ぬ
くさきも紅葉するものを
たれかは秋に酔はざらめ
智恵あり顔のさみしさに
君笛を吹けわれはうたはむ
夕波くらく啼く千鳥
われは千鳥にあらねども
心の羽をうちふりて
さみしきかたに飛べるかな
若き心の一筋に
なぐさめもなくなげきわび
胸の氷のむすぼれて
とけて涙となりにけり
芦葉を洗ふ白波の
流れて巌を出づるごと
思ひあまりて草枕
まくらのかずの今いくつ
かなしいかなや人の身の
なきなぐさめを尋ね侘び
道なき森に分け入りて
などなき道をもとむらん
われもそれかやうれひかや
野末に山に谷蔭に
見るよしもなき朝夕の
光もなくて秋暮れぬ
想も薄く身も暗く
残れる秋の花を見て
行くへもしらず流れ行く
水に涙の落つるかな
身を朝雲にたとふれば
ゆふべの雲の雨となり
身を夕雨にたとふれば
あしたの雨の風となる
されば落葉と身をなして
風に吹かれて飄り
朝の黄雲にともなはれ
夜白河を越えてけり
道なき今の身なればか
われは道なき野を慕ひ
思ひ乱れてみちのくの
宮城野にまで迷ひきぬ
心の宿の宮城野よ
乱れて熱き吾身には
日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ
ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を琴と聴き
悲み深き吾目には
色彩なき石も花と見き
あゝ孤独の悲痛を
味ひ知れる人ならで
誰にかたらん冬の日の
かくもわびしき野のけしき
都のかたをながむれば
空冬雲に覆はれて
身にふりかゝる玉霰
袖の氷と閉じあへり
みぞれまじりの風勁く
小川の水の薄氷
氷のしたに音するは
流れて海に行く水か
啼いて羽風もたのもしく
雲に隠るゝかさゝぎよ
光もうすき寒空の
汝も荒れたる野にむせぶ
涙も凍る冬の日の
光もなくて暮れ行けば
人めも草も枯れはてて
ひとりさまよふ吾身かな
かなしや酔ふて行く人の
踏めばくづるゝ霜柱
なにを酔ひ泣く忍び音に
声もあはれのその歌は
うれしや物の音を弾きて
野末をかよふ人の子よ
声調ひく手も凍りはて
なに門づけの身の果ぞ
やさしや年もうら若く
まだ初恋のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は海辺の石の上に
こしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは涛ばかり
暮はさみしき荒磯の
潮を染めし砂に伏し
日の入るかたをながむれど
湧きくるものは涙のみ
さみしいかなや荒波の
岩に砕けて散れるとき
かなしいかなや冬の日の
潮とともに帰るとき
誰か波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を惜まざる
暦もあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて潮となりにけり
遠く湧きくる海の音
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの音は
まだうらわかき野路の鳥
嗚呼めづらしのしらべぞと
声のゆくへをたづぬれば
緑の羽もまだ弱き
それも初音か鴬の
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の萌えて色青き
こゝちこそすれ砂の上に
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が香ぞする海の辺に
磯辺に高き大巌の
うへにのぼりてながむれば
春やきぬらん東雲の
潮の音遠き朝ぼらけ