まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでいる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です』
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[it-i047] 煙 – 一 (47)
糸切れし紙鳶のごとくに
若き日の心かろくも
とびさりしかな
[st-w45] 四 深林の逍遥、其他 – 梭の音
梭の音を聞くべき人は今いづこ
心を糸により初めて
涙ににじむ木綿縞
やぶれし窓に身をなげて
暮れ行く空をながむれば
ねぐらに急ぐ村鴉
連にはなれて飛ぶ一羽
あとを慕ふてかあ/\と
[st-w06] 一 秋の思 – 君がこゝろは
君がこゝろは蟋蟀の
風にさそはれ鳴くごとく
朝影清き花草に
惜しき涙をそゝぐらむ
それかきならす玉琴の
一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ
あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる吾こひに
触れたまはぬぞ恨みなる
[st-w14] 一 秋の思 – 強敵
一つの花に蝶と蜘蛛
小蜘蛛は花を守り顔
小蝶は花に酔ひ顔に
舞へども/\すべぞなき
花は小蜘蛛のためならば
小蝶の舞をいかにせむ
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ
やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
羽翼も軽き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ