何となく、
今朝は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪を切る。
何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
何となく、
案外に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。
何となく、
自分を嘘のかたまりの如く思ひて、
目をばつぶれる。
Category Archives: 石川啄木
[it-k079] どうかかうか、今月も無事に暮らしたりと
どうかかうか、今月も無事に暮らしたりと、
外に欲もなき
晦日の晩かな。
[it-k055] 家にかへる時間となるを
家にかへる時間となるを、
ただ一つの待つことにして、
今日も働けり。
[it-k043] いつまでか
いつまでか、
この見飽きたる懸額を
このまま懸けておくことやらむ。
[it-k176] 俺ひとり下宿屋にやりてくれぬかと
俺ひとり下宿屋にやりてくれぬかと、
今日もあやふく、
いひ出でしかな。
[it-k149] 病みて四月
病みて四月――
そのときどきに変りたる
くすりの味もなつかしきかな。
病みて四月――
その間にも、猶、目に見えて、
わが子の背丈のびしかなしみ。
[it-k128] いま、夢に閑古鳥を聞けり
いま、夢に閑古鳥を聞けり。
閑古鳥を忘れざりしが
かなしくあるかな。
[it-k082] 名は何と言ひけむ
名は何と言ひけむ。
姓は鈴木なりき。
今はどうして何処にゐるらむ。
[it-k027] 何がなく
何がなく
初恋人のおくつきに詣づるごとし。
郊外に来ぬ。
[it-k006] 本を買ひたし、本を買ひたしと
本を買ひたし、本を買ひたしと、
あてつけのつもりではなけれど、
妻に言ひてみる。