[hs-t11] 雲雀料理 –

五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする。したたる空色の窓の下で、私の愛する女と共に純銀のふおうくを動かしたい。私の生活にもいつかは一度、あの空に光る、雲雀料理の愛の皿を盗んで喰べたい。

[hs-t17] 雲雀料理 – 雲雀料理

ささげまつるゆふべの愛餐、
燭に魚蝋のうれひを薫じ、
いとしがりみどりの窓をひらきなむ。
あはれあれみ空をみれば、
さつきはるばると流るるものを、
手にわれ雲雀の皿をささげ、
いとしがり君がひだりにすすみなむ。

[hs-t18] 雲雀料理 – 掌上の種

われは手のうへに土を盛り、
土のうへに種をまく、
いま白きじようろもて土に水をそそぎしに、
水はせんせんとふりそそぎ、
土のつめたさはたなごころの上にぞしむ。
ああ、とほく五月の窓をおしひらきて、
われは手を日光のほとりにさしのべしが、
さわやかなる風景の中にしあれば、
皮膚はかぐはしくぬくもりきたり、
手のうへの種はいとほしげにも呼吸づけり。

[hs-t26] 悲しい月夜 – 干からびた犯罪

どこから犯人は逃走した?
ああ、いく年もいく年もまへから、
ここに倒れた椅子がある、
ここに兇器がある、
ここに屍体がある、
ここに血がある、
さうして青ざめた五月の高窓にも、
おもひにしづんだ探偵のくらい顔と、
さびしい女の髪の毛とがふるへて居る。

[hs-t28] くさつた蛤 – なやましき春夜の感覚とその疾患

内部に居る人が畸形な病人に見える理由

わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、
それがわたくしの顔をうすぼんやりと見せる理由です。
わたしは手に遠めがねをもつて居ります、
それでわたくしは、ずつと遠いところを見て居ります、
につける製の犬だの羊だの、
あたまのはげた子供たちの歩いている林をみて居ります、
それらがわたくしの瞳を、いくらかかすんでみせる理由です。
わたくしはけさきやべつの皿を喰べすぎました、
そのうへこの窓硝子は非常に粗製です、
それがわたくしの顔をこんなに甚だしく歪んで見せる理由です。
じつさいのところを言へば、
わたくしは健康すぎるぐらいなものです、
それだのに、なんだつて君は、そこで私をみつめている。
なんだつてそんなに薄気味わるく笑つている。
おお、もちろん、わたくしの腰から下ならば、
そのへんがはつきりしないといふのならば、
いくらか馬鹿げた疑問であるが、
もちろん、つまり、この青白い窓の壁にそうて、
家の内部に立つているわけです。

[hs-t45] さびしい情慾 – 肖像

あいつはいつも歪んだ顔をして、
窓のそばに突つ立つている、
白いさくらが咲く頃になると、
あいつはまた地面の底から、
むぐらもちのやうに這ひ出してくる、
じつと足音をぬすみながら、
あいつが窓にしのびこんだところで、
おれは早取写真にうつした。
ぼんやりした光線のかげで、
白つぽけた乾板をすかして見たら、
なにかの影のやうに薄く写つていた。
おれのくびから上だけが、
おいらん草のやうにふるへていた。

[hs-a47] 閑雅な食慾 – 顔

ねぼけた桜の咲くころ
白いぼんやりした顔がうかんで
窓で見ている。
ふるいふるい記憶のかげで
どこかの波止場で逢つたやうだが
菫の病欝の匂ひがする
外光のきらきらする硝子窓から
ああ遠く消えてしまつた 虹のやうに。

私はひとつの憂ひを知る
生涯のうす暗い隅を通つて
ふたたび永遠にかへつて来ない。