途中にて乗換の電車なくなりしに、
泣かうかと思ひき。
雨も降りてゐき。
Author Archives: 石川啄木
[it-k013] うっとりと
うっとりと
本の挿絵に眺め入り、
煙草の煙吹きかけてみる。
[it-k012] 何となく
何となく、
今朝は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪を切る。
何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。
何となく、
案外に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。
何となく、
自分を嘘のかたまりの如く思ひて、
目をばつぶれる。
[it-k011] なつかしき冬の朝かな
なつかしき冬の朝かな。
湯をのめば、
湯気がやはらかに、顔にかかれり。
[it-k010] いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
いつまでも歩いてゐねばならぬごとき
思ひ湧き来ぬ、
深夜の町町。
[it-k009] 痛む歯をおさへつつ
痛む歯をおさへつつ、
日が赤赤と、
冬の靄の中にのぼるを見たり。
[it-k008] 家を出て五町ばかりは
家を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたれど――
[it-k007] 旅を思ふ夫の心!
旅を思ふ夫の心!
叱り、泣く、妻子の心!
朝の食卓!
[it-k006] 本を買ひたし、本を買ひたしと
本を買ひたし、本を買ひたしと、
あてつけのつもりではなけれど、
妻に言ひてみる。
[it-k015] 二晩おきに
二晩おきに、
夜の一時頃に切通の坂を上りしも――
勤めなればかな。