ああ、春は遠くからけぶつて来る、
ぽつくりふくらんだ柳の芽のしたに、
やさしいくちびるをさしよせ、
をとめのくちづけを吸ひこみたさに、
春は遠くからごむ輪のくるまにのつて来る。
ぼんやりした景色のなかで、
白いくるまやさんの足はいそげども、
ゆくゆく車輪がさかさにまわり、
しだいに梶棒が地面をはなれ出し、
おまけにお客さまの腰がへんにふらふらとして、
これではとてもあぶなさうなと、
とんでもない時に春がまつしろの欠伸をする。
Tag Archives: 時
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起きてみて、
また直ぐ寝たくなる時の
力なき眼に愛でしチュリップ!
[it-k158] お菓子貰ふ時も忘れて
お菓子貰ふ時も忘れて、
二階より、
町の往来を眺むる子かな。
[it-k034] よごれたる手を洗ひし時の
よごれたる手を洗ひし時の
かすかなる満足が
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[it-k045] 青塗の瀬戸の火鉢によりかかり
青塗の瀬戸の火鉢によりかかり、
眼閉ぢ、眼を開け、
時を惜めり。
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葡萄色の
古き手帳にのこりたる
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よごれたる足袋穿く時の
気味わるき思ひに似たる
思出もあり
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かの時に言ひそびれたる
大切の言葉は今も
胸にのこれど