[hs-t50] 見知らぬ犬 – 山に登る

旅よりある女に贈る

山の山頂にきれいな草むらがある、
その上でわたしたちは寝ころんでいた。
眼をあげてとほい麓の方を眺めると、
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
空には風がながれている、
おれは小石をひろつて口にあてながら、
どこといふあてもなしに、
ぼうぼうとした山の頂上をあるいていた。

おれはいまでも、お前のことを思つているのだ。

[hs-a20] さびしい青猫 – 恐ろしい山

恐ろしい山の相貌をみた
まつ暗な夜空にけむりを吹きあげている
おほきな蜘蛛のやうな眼である。
赤くちろちろと舌をだして
うみざりがにのやうに平つくばつてる。
手足をひろくのばして麓いちめんに這ひつた
さびしくおそろしい闇夜である
がうがうといふ風が草を吹いてる 遠くの空で吹いてる。
自然はひつそりと息をひそめ
しだいにふしぎな 大きな山のかたちが襲つてくる。
すぐ近いところにそびえ
怪異な相貌が食はうとする。