[hs-a05] 幻の寝台 – 群集の中を求めて歩く

私はいつも都会をもとめる
都会のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる
群集はおほきな感情をもつた浪のやうなものだ
どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛欲とのぐるうぷだ
ああ ものがなしき春のたそがれどき
都会の入り混みたる建築と建築との日影をもとめ
おほきな群集の中にもまれてゆくのはどんなに楽しいことか
みよこの群集のながれてゆくありさまを
ひとつの浪はひとつの浪の上にかさなり
浪はかずかぎりなき日影をつくり 日影はゆるぎつつひろがりすすむ
人のひとりひとりにもつ憂ひと悲しみと みなそこの日影に消えてあとかたもない
ああ なんといふやすらかな心で 私はこの道をも歩いて行くことか
ああ このおほいなる愛と無心のたのしき日影
たのしき浪のあなたにつれられて行く心もちは涙ぐましくなるやうだ。
うらがなしい春の日のたそがれどき
このひとびとの群は 建築と建築との軒をおよいで
どこへどうしてながれ行かうとするのか
私のかなしい憂欝をつつんでいる ひとつのおほきな地上の日影
ただよふ無心の浪のながれ
ああ どこまでも どこまでも この群集の浪の中をもまれて行きたい
浪の行方は地平にけむる
ひとつの ただひとつの「方角」ばかりさしてながれ行かうよ。

[hs-a50] 艶めける霊魂 – 艶めける霊魂

そよげる
やはらかい草の影から
花やかに いきいきと目をさましてくる情慾
燃えあがるやうに
たのしく
うれしく
こころ春めく春の感情。

つかれた生涯のあじない昼にも
孤独の暗い部屋の中にも
しぜんとやはらかく そよげる窓の光はきたる
いきほひたかぶる機能の昂進
そは世に艶めけるおもひのかぎりだ
勇気にあふれる希望のすべてだ。

ああこのわかやげる思ひこそは
春日にとける雪のやうだ
やさしく芽ぐみ
しぜんに感ずるぬくみのやうだ
たのしく
うれしく
こころときめく性の躍動。

とざせる思想の底を割つて
しづかにながれるいのちをかんずる
あまりに憂欝のなやみふかい沼の底から
わづかに水のぬくめるやうに
さしぐみ
はじらひ
ためらひきたれる春をかんずる。

[st-w43] 四 深林の逍遥、其他 – 合唱 三 葡萄の樹のかげ

はるあきにおもひみたれてわきかねつ
ときにつけつゝうつるこゝろは

たのしからずや
はなやかに
あきはいりひの
てらすとき

たのしからずや
ぶだうばの
はごしにくもの
かよふとき

やさしからずや
むらさきの
ぶだうのふさの
かゝるとき

やさしからずや
にひぼしの
ぶだうのたまに
うつるとき

かぜはしづかに
そらすみて
あきはたのしき
ゆふまぐれ

いつまでわかき
をとめごの
たのしきゆめの
われらぞや

あきのぶだうの
きのかげの
いかにやさしく
ふかくとも

てにてをとりて
かげをふむ
なれとわかれて
なにかせむ

げにやかひなき
くりごとも
ぶだうにしかじ
ひとふさの

われにあたへよ
ひとふさを
そこにかゝれる
むらさきの

われをしれかし
えだたかみ
とゞかじものを
かのふさは

はかげのたまに
てはふれて
わがさしぐしの
おちにけるかな

[st-w44] 四 深林の逍遥、其他 – 合唱 四 高楼

わかれゆくひとををしむとこよひより
とほきゆめちにわれやまとはん

とほきわかれに
たへかねて
このたかどのに
のぼるかな

かなしむなかれ
わがあねよ
たびのころもを
とゝのへよ

わかれといへば
むかしより
このひとのよの
つねなるを

ながるゝみづを
ながむれば
ゆめはづかしき
なみだかな

したへるひとの
もとにゆく
きみのうへこそ
たのしけれ

ふゆやまこえて
きみゆかば
なにをひかりの
わがみぞや

あゝはなとりの
いろにつけ
ねにつけわれを
おもへかし

けふわかれては
いつかまた
あひみるまでの
いのちかも

きみがさやけき
めのいろも
きみくれないの
くちびるも

きみがみどりの
くろかみも
またいつかみん
このわかれ

なれがやさしき
なぐさめも
なれがたのしき
うたごえも

なれがこゝろの
ことのねも
またいつきかん
このわかれ

きみのゆくべき
やまかはは
おつるなみだに
みえわかず

そでのしぐれの
ふゆのひに
きみにおくらん
はなもがな

そでにおほへる
うるはしき
ながかほばせを
あげよかし

ながくれないの
かほばせに
ながるゝなみだ
われはぬぐはん

[st-w03] 一 秋の思 – 初恋

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の杯を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

[st-w12] 一 秋の思 – 小詩二首 一

ゆふぐれしづかに
ゆめみんとて
よのわづらひより
しばしのがる

きみよりほかには
しるものなき
花かげにゆきて
こひを泣きぬ

すぎこしゆめじを
おもひみるに
こひこそつみなれ
つみこそこひ

いのりもつとめも
このつみゆえ
たのしきそのへと
われはゆかじ

なつかしき君と
てをたづさへ
くらき冥府までも
かけりゆかん