つめたく青ざめた顔のうへに
け高くにほふ優美の月をうかべています
月のはづかしい面影
やさしい言葉であなたの死骸に話しかける。
ああ 露しげく
しつとりとぬれた猫柳 夜風のなかに動いています。
ここをさまよひきたりて
うれしい情のかずかずを歌ひつくす
そは人の知らないさびしい情慾 さうして情慾です。
ながれるごとき涙にぬれ
私はくちびるに血潮をぬる
ああ なにといふ恋しさなるぞ
この青ざめた死霊にすがりつきてもてあそぶ
夜風にふかれ
猫柳のかげを暗くさまよふよ そは墓場のやさしい歌ごえです。
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[st-w46] 四 深林の逍遥、其他 – かもめ
波に生れて波に死ぬ
情の海のかもめどり
恋の激浪たちさわぎ
夢むすぶべきひまもなし
闇き潮の驚きて
流れて帰るわだつみの
鳥の行衛も見えわかぬ
波にうきねのかもめどり
[st-w07] 一 秋の思 – 傘のうち
二人してさす一張の
傘に姿をつゝむとも
情の雨のふりしきり
かわく間もなきたもとかな
顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
梅花の油黒髪の
乱れて匂ふ傘のうち
恋の一雨ぬれまさり
ぬれてこひしき夢の間や
染めてぞ燃ゆる紅絹うらの
雨になやめる足まとひ
歌ふをきけば梅川よ
しばし情を捨てよかし
いづこも恋に戯れて
それ忠兵衛の夢がたり
こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を乾さぬ間に
手に手をとりて行きて帰らじ
[st-w03] 一 秋の思 – 初恋
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の杯を
君が情に酌みしかな
林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ