この生づくりにされたからだは
きれいに しめやかに なまめかしくも彩色されてる
その胸も その唇も その顔も その腕も
ああ みなどこもしつとりと膏油や刷毛で塗られている。
やさしい五月の死びとよ
わたしは緑金の蛇のやうにのたうちながら
ねばりけのあるものを感触し
さうして「死」の絨毯に肌身をこすりねりつけた。
Category Archives: 青猫
[hs-a32] さびしい青猫 – 輪廻と転生
地獄の鬼がまはす車のやうに
冬の日はごろごろとさびしくまはつて
輪の小鳥は砂原のかげに死んでしまつた。
ああ こんな陰欝な季節がつづくあひだ
私は幻の駱駝にのつて
ふらふらとかなしげな旅行にでようとする。
どこにこんな荒寥の地方があるのだらう
年をとつた乞食の群は
いくたりとなく隊列のあとをすぎさつてゆき
禿鷹の屍肉にむらがるやうに
きたない小虫が焼地の穢土にむらがつている。
なんといふいたましい風物だらう
どこにもくびのながい花が咲いて
それがゆらゆらと動いているのだ
考へることもない かうして暮れ方がちかづくのだらう
恋や孤独やの一生から
はりあひのない心像も消えてしまつて ほのかに幽霊のやうに見えるばかりだ。
どこを風見の鶏が見ているのか
冬の日のごろごろとる瘠地の丘で もろこしの葉が吹かれている。
[hs-a33] さびしい青猫 – さびしい来歴
むくむくと肥えふとつて
白くくびれているふしぎな球形の幻像よ
それは耳もない 顔もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ恋人もありはしない。
わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の実の日にやけた核を噛みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の来歴だらう。
[hs-a34] 閑雅な食慾 – 怠惰の暦
いくつかの季節はすぎ
もう憂欝の桜も白つぽく腐れてしまつた
馬車はごろごろと遠くをはしり
海も 田舎も ひつそりとした空気の中に眠つている
なんといふ怠惰な日だらう
運命はあとからあとからとかげつてゆき
さびしい病欝は柳の葉かげにけむつている
もう暦もない 記憶もない
わたしは燕のやうに巣立ちをし さうしてふしぎな風景のはてを翔つてゆかう。
むかしの恋よ 愛する猫よ
わたしはひとつの歌を知つてる
さうして遠い海草の焚けてる空から 爛れるやうな接吻を投げよう
ああ このかなしい情熱の外 どんな言葉も知りはしない。
[hs-a35] 閑雅な食慾 – 閑雅な食慾
松林の中を歩いて
あかるい気分の珈琲店をみた。
遠く市街を離れたところで
だれも訪づれてくるひとさへなく
林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店である。
をとめは恋恋の羞をふくんで
あけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる仕組
私はゆつたりとふほふくを取つて
おむれつ ふらいの類を喰べた。
空には白い雲が浮んで
たいそう閑雅な食慾である。
[hs-a36] 閑雅な食慾 – 馬車の中で
馬車の中で
私はすやすやと眠つてしまつた。
きれいな婦人よ
私をゆり起してくださるな
明るい街灯の巷をはしり
すずしい緑蔭の田舎をすぎ
いつしか海の匂ひも行手にちかくそよいでいる。
ああ蹄の音もかつかつとして
私はうつつにうつつを追ふ
きれいな婦人よ
旅館の花ざかりなる軒にくるまで
私をゆり起してくださるな。
[hs-a37] 閑雅な食慾 – 青空
表現詩派
このながい煙筒は
をんなの円い腕のやうで
空にによつきり
空は青明な弧球ですが
どこにも重心の支へがない
この全景は象のやうで
妙に膨大の夢をかんじさせる。
[hs-a38] 閑雅な食慾 – 最も原始的な情緒
この密林の奥ふかくに
おほきな護謨葉樹のしげれるさまは
ふしぎな象の耳のやうだ。
薄闇の湿地にかげをひいて
ぞくぞくと這へる羊歯植物 爬虫類
蛇 とかげ いもり 蛙 さんしようをの類。
白昼のかなしい思慕から
なにをあだむが追憶したか
原始の情緒は雲のやうで
むげんにいとしい愛のやうで
はるかな記憶の彼岸にうかんで
とらへどころもありはしない。
[hs-a39] 閑雅な食慾 – 天候と思想
書生は陰気な寝台から
家畜のやうに這ひあがつた
書生は羽織をひつかけ
かれの見る自然へ出かけ突進した。
自然は明るく小綺麗でせいせいとして
そのうへにも匂ひがあつた
森にも 辻にも 売店にも
どこにも青空がひるがへりて美麗であつた
そんな軽快な天気に
美麗な自働車が 娘等がはしりつた。
わたくし思ふに
思想はなほ天候のやうなものであるか
書生は書物を日向にして
ながく幸福のにほひを嗅いだ。
[hs-a40] 閑雅な食慾 – 笛の音のする里へ行かうよ
俥に乗つてはしつて行くとき
野も 山も ばうばうとして霞んでみえる
柳は風にふきながされ
燕も 歌も ひよ鳥も かすみの中に消えさる
ああ 俥のはしる轍を透して
ふしぎな ばうばくたる景色を行手にみる
その風光は遠くひらいて
さびしく憂欝な笛の音を吹き鳴らす
ひとのしのびて耐へがたい情緒である。
このへんてこなる方角をさして行け
春の朧げなる柳のかげで 歌も燕もふきながされ
わたしの俥やさんはいつしんですよ。
意志と無明
観念もしくは心像の世界に就いて
だまつて道ばたの草を食つてる
みじめな 因果の 宿命の 蒼ざめた馬の影です。