[st-w49] 四 深林の逍遥、其他 – 昼の夢

花橘の袖の香の
みめうるはしきをとめごは
真昼に夢を見てしより
さめて忘るゝ夜のならひ
白日の夢のなぞもかく
忘れがたくはありけるものか

ゆめと知りせばなまなかに
さめざらましを世に出でて
うらわかぐさのうらわかみ
何をか夢の名残ぞと
問はゞ答へん目さめては
熱き涙のかわく間もなし

[st-w48] 四 深林の逍遥、其他 – 君と遊ばん

君と遊ばん夏の夜の
青葉の影の下すゞみ
短かき夢は結ばずも
せめてこよひは歌へかし

雲となりまた雨となる
昼の愁ひはたえずとも
星の光をかぞへ見よ
楽みのかず夜は尽きじ

夢かうつゝか天の川
星に仮寝の織姫の
ひゞきもすみてこひわたる
梭の遠音を聞かめやも

[st-w01] 若菜集 – 冒頭部

こゝろなきうたのしらべは
ひとふさのぶだうのごとし
なさけあるてにもつまれて
あたゝかきさけとなるらむ

ぶだうだなふかくかゝれる
むらさきのそれにあらねど
こゝろあるひとのなさけに
かげにおくふさのみつよつ

そはうたのわかきゆえなり
あじはひもいろもあさくて
おほかたはかみてすつべき
うたゝねのゆめのそらごと

[st-w07] 一 秋の思 – 傘のうち

二人してさす一張の
傘に姿をつゝむとも
情の雨のふりしきり
かわく間もなきたもとかな

顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
梅花の油黒髪の
乱れて匂ふ傘のうち

恋の一雨ぬれまさり
ぬれてこひしき夢の間や
染めてぞ燃ゆる紅絹うらの
雨になやめる足まとひ

歌ふをきけば梅川よ
しばし情を捨てよかし
いづこも恋に戯れて
それ忠兵衛の夢がたり

こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を乾さぬ間に
手に手をとりて行きて帰らじ

[st-w28] 三 生のあけぼの – 五 うてや鼓

うてや鼓の春の音
雪にうもるゝ冬の日の
かなしき夢はとざされて
世は春の日とかはりけり

ひけばこぞめの春霞
かすみの幕をひきとじて
花と花とをぬふ糸は
けさもえいでしあをやなぎ

霞のまくをひきあけて
春をうかゞふことなかれ
はなさきにほふ蔭をこそ
春の台といふべけれ

小蝶よ花にたはぶれて
優しき夢をみては舞ひ
酔ふて羽袖もひら/\と
はるの姿をまひねかし

緑のはねのうぐひすよ
梅の花笠ぬひそへて
ゆめ静なるはるの日の
しらべを高く歌へかし