春の雪みだれて降るを
熱のある目に
かなしくも眺め入りたる。
Tag Archives: 春
[it-k122] 胸いたみ
胸いたみ、
春の霙の降る日なり。
薬に噎せて、伏して眼をとづ。
[it-k161] あの年のゆく春のころ
あの年のゆく春のころ、
眼をやみてかけし黒眼鏡――
こはしやしにけむ。
[it-i002] 煙 – 一 (2)
己が名をほのかに呼びて
涙せし
十四の春にかへる術なし
[it-i075] 煙 – 二 (28)
肺を病む
極道地主の総領の
よめとりの日の春の雷かな
[it-i098] 煙 – 二 (51)
かの家のかの窓にこそ
春の夜を
秀子とともに蛙聴きけれ
[it-i216] 忘れがたき人人 – 二 (4)
ひややかに清き大理石に
春の日の静かに照るは
かかる思ひならむ
[st-w24] 三 生のあけぼの – 一 たれかおもはむ
たれかおもはむ鴬の
涙もこほる冬の日に
若き命は春の夜の
花にうつろふ夢の間と
あゝよしさらば美酒に
うたひあかさん春の夜を
梅のにほひにめぐりあふ
春を思へばひとしれず
からくれないのかほばせに
流れてあつきなみだかな
あゝよしさらば花影に
うたひあかさん春の夜を
わがみひとつもわすられて
おもひわづらふこゝろだに
春のすがたをとめくれば
たもとににほふ梅の花
あゝよしさらば琴の音に
うたひあかさん春の夜を
[st-w23] 三 生のあけぼの – 草枕
夕波くらく啼く千鳥
われは千鳥にあらねども
心の羽をうちふりて
さみしきかたに飛べるかな
若き心の一筋に
なぐさめもなくなげきわび
胸の氷のむすぼれて
とけて涙となりにけり
芦葉を洗ふ白波の
流れて巌を出づるごと
思ひあまりて草枕
まくらのかずの今いくつ
かなしいかなや人の身の
なきなぐさめを尋ね侘び
道なき森に分け入りて
などなき道をもとむらん
われもそれかやうれひかや
野末に山に谷蔭に
見るよしもなき朝夕の
光もなくて秋暮れぬ
想も薄く身も暗く
残れる秋の花を見て
行くへもしらず流れ行く
水に涙の落つるかな
身を朝雲にたとふれば
ゆふべの雲の雨となり
身を夕雨にたとふれば
あしたの雨の風となる
されば落葉と身をなして
風に吹かれて飄り
朝の黄雲にともなはれ
夜白河を越えてけり
道なき今の身なればか
われは道なき野を慕ひ
思ひ乱れてみちのくの
宮城野にまで迷ひきぬ
心の宿の宮城野よ
乱れて熱き吾身には
日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ
ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を琴と聴き
悲み深き吾目には
色彩なき石も花と見き
あゝ孤独の悲痛を
味ひ知れる人ならで
誰にかたらん冬の日の
かくもわびしき野のけしき
都のかたをながむれば
空冬雲に覆はれて
身にふりかゝる玉霰
袖の氷と閉じあへり
みぞれまじりの風勁く
小川の水の薄氷
氷のしたに音するは
流れて海に行く水か
啼いて羽風もたのもしく
雲に隠るゝかさゝぎよ
光もうすき寒空の
汝も荒れたる野にむせぶ
涙も凍る冬の日の
光もなくて暮れ行けば
人めも草も枯れはてて
ひとりさまよふ吾身かな
かなしや酔ふて行く人の
踏めばくづるゝ霜柱
なにを酔ひ泣く忍び音に
声もあはれのその歌は
うれしや物の音を弾きて
野末をかよふ人の子よ
声調ひく手も凍りはて
なに門づけの身の果ぞ
やさしや年もうら若く
まだ初恋のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は海辺の石の上に
こしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは涛ばかり
暮はさみしき荒磯の
潮を染めし砂に伏し
日の入るかたをながむれど
湧きくるものは涙のみ
さみしいかなや荒波の
岩に砕けて散れるとき
かなしいかなや冬の日の
潮とともに帰るとき
誰か波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を惜まざる
暦もあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて潮となりにけり
遠く湧きくる海の音
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの音は
まだうらわかき野路の鳥
嗚呼めづらしのしらべぞと
声のゆくへをたづぬれば
緑の羽もまだ弱き
それも初音か鴬の
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の萌えて色青き
こゝちこそすれ砂の上に
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が香ぞする海の辺に
磯辺に高き大巌の
うへにのぼりてながむれば
春やきぬらん東雲の
潮の音遠き朝ぼらけ
[st-w54] 四 深林の逍遥、其他 – 天馬 序
老は若は越しかたに
文に照らせどまれらなる
奇しきためしは箱根山
弥生の末のゆふまぐれ
南の天の戸をいでて
よな/\北の宿に行く
血の深紅の星の影
かたくななりし男さへ
星の光を眼に見ては
身にふりかゝる凶禍の
天の兆とうたがへり
総鳴に鳴く鴬の
にほひいでたる声をあげ
さへづり狂ふ音をきけば
げにめづらしき春の歌
春を得知らぬ処女さへ
かのうぐひすのひとこえに
枕の紙のしめりきて
人なつかしきおもひあり
まだ時ならぬ白百合の
籬の陰にさける見て
九十九の翁うつし世の
こゝろの慾の夢を恋ひ
音をだにきかぬ雛鶴の
軒の榎樹に来て鳴けば
寝覚の老嫗後の世の
花の台に泣きまどふ
空にかゝれる星のいろ
春さきかへる夏花や
是わざはひにあらずして
よしや兆といへるあり
なにを酔ひ鳴く春鳥よ
なにを告げくる鶴の声
それ鳥の音に卜ひて
よろこびありと祝ふあり
高き聖のこの村に
声をあげさせたまふらん
世を傾けむ麗人の
茂れる賎の春草に
いでたまふかとのゝしれど
誰かしるらん新星の
まことの北をさししめし
さみしき芦の湖の
沈める水に映つるとき
名もなき賎の片びさし
春の夜風の音を絶え
村の南のかたほとり
その夜生れし牝の馬は
流るゝ水の藍染の
青毛やさしき姿なり
北に生れし雄の馬の
栗毛にまじる紫は
色あけぼのの春霞
光をまとふ風情あり
星のひかりもをさまりて
噂に残る鶴の音や
啼く鴬に花ちれば
嗚呼この村に生れてし
馬のありとや問ふ人もなし