[hs-a52] 艶めける霊魂 – 片恋

市街を遠くはなれて行つて
僕等は山頂の草に坐つた
空に風景はふきながされ
ぎぼし ゆきしだ わらびの類
ほそくさよさよと草地に生えてる。

君よ弁当をひらき
はやくその卵を割つてください。
私の食慾は光にかつえ
あなたの白い指にまつはる
果物の皮の甘味にこがれる。

君よ なぜ早く篭をひらいて
鶏肉の 腸詰の 砂糖煮の 乾酪のご馳走をくれないのか
ぼくは飢え
ぼくの情慾は身をもだえる。

君よ
君よ
疲れて草に投げ出している
むつちりとした手足のあたり
ふらんねるをきた胸のあたり
ぼくの愛着は熱奮して 高潮して
ああこの苦しさ 圧迫にはたへられない。

高原の草に坐つて
あなたはなにを眺めているのか
あなたの思ひは風にながれ
はるかの市街は空にうかべる
ああ ぼくのみひとり焦燥して
この青青とした草原の上
かなしい願望に身をもだえる。

[st-w33] 三 生のあけぼの – 二つの声

たれか聞くらん朝の声
眠と夢を破りいで
彩なす雲にうちのりて
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光あり
そこに時あり始あり
そこに道あり力あり
そこに色あり詞あり
そこに声あり命あり
そこに名ありとうたひつゝ
みそらにあがり地にかけり
のこんの星ともろともに
光のうちに朝ぞ隠るゝ

[st-w30] 三 生のあけぼの – 明星

浮べる雲と身をなして
あしたの空に出でざれば
などしるらめや明星の
光の色のくれないを

朝の潮と身をなして
流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
清みて哀しききらめきを

なにかこひしき暁星の
空しき天の戸を出でて
深くも遠きほとりより
人の世近く来るとは

潮の朝のあさみどり
水底深き白石を
星の光に透かし見て
朝の齢を数ふべし

野の鳥ぞ啼く山河も
ゆふべの夢をさめいでて
細く棚引くしのゝめの
姿をうつす朝ぼらけ

小夜には小夜のしらべあり
朝には朝の音もあれど
星の光の糸の緒に
あしたの琴は静なり

まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと/\若き光をば
名けましかば明星と

[st-w25] 三 生のあけぼの – 二 あけぼの

紅細くたなびけたる
雲とならばやあけぼのの
雲とならばや

やみを出でては光ある
空とならばやあけぼのの
空とならばや

春の光を彩れる
水とならばやあけぼのの
水とならばや

鳩に履まれてやはらかき
草とならばやあけぼのの
草とならばや