かにかくに渋民村は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川
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[st-w20] 二 六人の処女 – おくめ
こひしきまゝに家を出で
こゝの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ
こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
鬢の毛を吹く河風よ
せめてあはれと思へかし
河波暗く瀬を早み
流れて巌に砕くるも
君を思へば絶間なき
恋の火炎に乾くべし
きのふの雨の小休なく
水嵩や高くまさるとも
よひ/\になくわがこひの
涙の滝におよばじな
しりたまはずやわがこひは
花鳥の絵にあらじかし
空鏡の印象砂の文字
梢の風の音にあらじ
しりたまはずやわがこひは
雄々しき君の手に触れて
嗚呼口紅をその口に
君にうつさでやむべきや
恋は吾身の社にて
君は社の神なれば
君の祭壇の上ならで
なににいのちを捧げまし
砕かば砕け河波よ
われに命はあるものを
河波高く泳ぎ行き
ひとりの神にこがれなん
心のみかは手も足も
吾身はすべて火炎なり
思ひ乱れて嗚呼恋の
千筋の髪の波に流るゝ
[st-w15] 一 秋の思 – 別離
人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
誰かとゞめん旅人の
あすは雲間に隠るゝを
誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを
清き恋とや片し貝
われのみものを思ふより
恋はあふれて濁るとも
君に涙をかけましを
人妻恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人と
呼びたまふこそうれしけれ
あやめもしらぬ憂しや身は
くるしきこひの牢獄より
罪の鞭責をのがれいで
こひて死なんと思ふなり
誰かは花をたづねざる
誰かは色彩に迷はざる
誰かは前にさける見て
花を摘まんと思はざる
恋の花にも戯るゝ
嫉妬の蝶の身ぞつらき
二つの羽もをれ/\て
翼の色はあせにけり
人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや/\深き
われに思ひのあるものを
梅の花さくころほひは
蓮さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩さかばやと思ふかな
待つまも早く秋は来て
わが踏む道に萩さけど
濁りて待てる吾恋は
清き怨となりにけり
[st-w46] 四 深林の逍遥、其他 – かもめ
波に生れて波に死ぬ
情の海のかもめどり
恋の激浪たちさわぎ
夢むすぶべきひまもなし
闇き潮の驚きて
流れて帰るわだつみの
鳥の行衛も見えわかぬ
波にうきねのかもめどり
[st-w53] 四 深林の逍遥、其他 – 四つの袖
をとこの気息のやはらかき
お夏の髪にかゝるとき
をとこの早きためいきの
霰のごとくはしるとき
をとこの熱き手の掌の
お夏の手にも触るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき
をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映るとき
をとこの紅き口唇の
お夏の口にもゆるとき
人こそしらね嗚呼恋の
ふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎
[st-w07] 一 秋の思 – 傘のうち
二人してさす一張の
傘に姿をつゝむとも
情の雨のふりしきり
かわく間もなきたもとかな
顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
梅花の油黒髪の
乱れて匂ふ傘のうち
恋の一雨ぬれまさり
ぬれてこひしき夢の間や
染めてぞ燃ゆる紅絹うらの
雨になやめる足まとひ
歌ふをきけば梅川よ
しばし情を捨てよかし
いづこも恋に戯れて
それ忠兵衛の夢がたり
こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を乾さぬ間に
手に手をとりて行きて帰らじ
[st-w04] 一 秋の思 – 狐のわざ
庭にかくるゝ小狐の
人なきときに夜いでて
秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ
恋は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる吾心