重たいおほきな羽をばたばたして
ああ なんといふ弱弱しい心臓の所有者だ。
花瓦斯のやうな明るい月夜に
白くながれてゆく生物の群をみよ
そのしづかな方角をみよ
この生物のもつひとつのせつなる情緒をみよ
あかるい花瓦斯のやうな月夜に
ああ なんといふ悲しげな いじらしい蝶類の騒擾だ。
Category Archives: 詩
[hs-t25] 悲しい月夜 – 酒精中毒者の死
あふむきに死んでいる酒精中毒者の、
まつしろい腹のへんから、
えたいのわからぬものが流れている、
透明な青い血漿と、
ゆがんだ多角形の心臓と、
腐つたはらわたと、
らうまちすの爛れた手くびと、
ぐにやぐにやした臓物と、
そこらいちめん、
地べたはぴかぴか光つている、
草はするどくとがつている、
すべてがらじうむのやうに光つている。
こんなさびしい風景の中にうきあがつて、
白つぽけた殺人者の顔が、
草のやうにびらびら笑つている。
[hs-t42] さびしい情慾 – 恋を恋する人
わたしはくちびるにべにをぬつて、
あたらしい白樺の幹に接吻した、
よしんば私が美男であらうとも、
わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、
わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない、
わたしはしなびきつた薄命男だ、
ああ、なんといふいじらしい男だ、
けふのかぐはしい初夏の野原で、
きらきらする木立の中で、
手には空色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた、
腰にはこるせつとのやうなものをはめてみた、
襟には襟おしろいのやうなものをぬりつけた、
かうしてひつそりとしなをつくりながら、
わたしは娘たちのするやうに、
こころもちくびをかしげて、
あたらしい白樺の幹に接吻した、
くちびるにばらいろのべにをぬつて、
まつしろの高い樹木にすがりついた。
[hs-t08] 竹とその哀傷 – 冬
つみとがのしるし天にあらはれ、
ふりつむ雪のうへにあらはれ、
木木の梢にかがやきいで、
ま冬をこえて光るがに、
おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。
みよや眠れる、
くらき土壌にいきものは、
懺悔の家をぞ建てそめし。
[hs-a33] さびしい青猫 – さびしい来歴
むくむくと肥えふとつて
白くくびれているふしぎな球形の幻像よ
それは耳もない 顔もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ
夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう
どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ恋人もありはしない。
わたしは駱駝のやうによろめきながら
椰子の実の日にやけた核を噛みくだいた。
ああ こんな乞食みたいな生活から
もうなにもかもなくしてしまつた
たうとう風の死んでる野道へきて
もろこしの葉うらにからびてしまつた。
なんといふさびしい自分の来歴だらう。
[hs-a06] 幻の寝台 – その手は菓子である
そのじつにかはゆらしい むつくりとした工合はどうだ
そのまるまるとして菓子のやうにふくらんだ工合はどうだ
指なんかはまことにほつそりとしてしながよく
まるでちひさな青い魚類のやうで
やさしくそよそよとうごいている様子はたまらない
ああ その手の上に接吻がしたい
そつくりと口にあてて喰べてしまひたい
なんといふすつきりとした指先のまるみだらう
指と指との谷間に咲く このふしぎなる花の風情はどうだ
その匂ひは麝香のやうで 薄く汗ばんだ桃の花のやうにみえる。
かくばかりも麗はしくみがきあげた女性の指
すつぽりとしたまつ白のほそながい指
ぴあのの鍵盤をたたく指
針をもて絹をぬふ仕事の指
愛をもとめる肩によりそひながら
わけても感じやすい皮膚のうへに
かるく爪先をふれ
かるく爪でひつかき
かるくしつかりと押へつけるやうにする指のはたらき
そのぶるぶるとみぶるひをする愛のよろこび はげしく狡猾にくすぐる指
おすましで意地悪のひとさし指
卑怯で快活なこゆびのいたづら
親指の肥え太つたうつくしさと その暴虐なる野蛮性
ああ そのすべすべとみがきあげたいつぽんの指をおしいただき
すつぽりと口にふくんでしやぶつていたい いつまでたつてもしやぶつていたい
その手の甲はわつぷるのふくらみで
その手の指は氷砂糖のつめたい食慾
ああ この食慾
子供のやうに意地のきたない無恥の食慾。
[hs-t06] 竹とその哀傷 – 亀
林あり、
沼あり、
蒼天あり、
ひとの手にはおもみを感じ
しづかに純金の亀ねむる、
この光る、
寂しき自然のいたみにたへ、
ひとの心霊にまさぐりしづむ、
亀は蒼天のふかみにしづむ。
[hs-a52] 艶めける霊魂 – 片恋
市街を遠くはなれて行つて
僕等は山頂の草に坐つた
空に風景はふきながされ
ぎぼし ゆきしだ わらびの類
ほそくさよさよと草地に生えてる。
君よ弁当をひらき
はやくその卵を割つてください。
私の食慾は光にかつえ
あなたの白い指にまつはる
果物の皮の甘味にこがれる。
君よ なぜ早く篭をひらいて
鶏肉の 腸詰の 砂糖煮の 乾酪のご馳走をくれないのか
ぼくは飢え
ぼくの情慾は身をもだえる。
君よ
君よ
疲れて草に投げ出している
むつちりとした手足のあたり
ふらんねるをきた胸のあたり
ぼくの愛着は熱奮して 高潮して
ああこの苦しさ 圧迫にはたへられない。
高原の草に坐つて
あなたはなにを眺めているのか
あなたの思ひは風にながれ
はるかの市街は空にうかべる
ああ ぼくのみひとり焦燥して
この青青とした草原の上
かなしい願望に身をもだえる。
[st-w47] 四 深林の逍遥、其他 – 流星
門にたち出でたゞひとり
人待ち顔のさみしさに
ゆふべの空をながむれば
雲の宿りも捨てはてて
何かこひしき人の世に
流れて落つる星一つ
[hs-t46] さびしい情慾 – さびしい人格
さびしい人格が私の友を呼ぶ、
わが見知らぬ友よ、早くきたれ、
ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話していよう、
なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、
遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、
しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、
母にも父にも知らない孤児の心をむすび合はさう、
ありとあらゆる人間の生活の中で、
おまへと私だけの生活について話し合はう、
まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、
ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。
わたしの胸は、かよわい病気したをさな児の胸のやうだ。
わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。
ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、
けはしい坂路をあふぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた、
山の絶頂に立つたとき、虫けらはさびしい涙をながした。
あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれていた。
自然はどこでも私を苦しくする、
そして人情は私を陰欝にする、
むしろ私はにぎやかな都会の公園を歩きつかれて、
とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ、
ぼんやりした心で空を見ているのが好きだ、
ああ、都会の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙、
またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。
よにもさびしい私の人格が、
おほきな声で見知らぬ友をよんで居る、
わたしの卑屈な不思議な人格が、
鴉のやうなみすぼらしい様子をして、
人気のない冬枯れの椅子の片隅にふるえて居る。