[st-w03] 一 秋の思 – 初恋

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の杯を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

[st-w39] 四 深林の逍遥、其他 – 四

ゆびをりくればいつたびも
かはれる雲をながむるに
白きは黄なりなにをかも
もつ筆にせむ色彩の
いつしか淡く茶を帯びて
雲くれないとかはりけり
あゝゆふまぐれわれひとり
たどる林もひらけきて
いと静かなる湖の
岸辺にさける花躑躅
うき雲ゆけばかげ見えて
水に沈める春の日や
それ紅の色染めて
雲紫となりぬれば
かげさへあかき水鳥の
春のみづうみ岸の草
深き林や花つゝじ
迷ふひとりのわがみだに
深紫の紅の
彩にうつろふ夕まぐれ

[st-w58] 四 深林の逍遥、其他 – 松島瑞巌寺に遊び葡萄

栗鼠の木彫を観て
舟路も遠し瑞巌寺
冬逍遥のこゝろなく
古き扉に身をよせて
飛騨の名匠の浮彫の
葡萄のかげにきて見れば
菩提の寺の冬の日に
刀悲しみ鑿愁ふ
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠よ
姿ばかりは隠すとも
かくすよしなし鑿の香は
うしほにひゞく磯寺の
かねにこの日の暮るゝとも

[st-w41] 四 深林の逍遥、其他 – 合唱 一 暗香

はるのよはひかりはかりとおもひしを
しろきやうめのさかりなるらむ

わかきいのちの
をしければ
やみにも春の
香に酔はん

せめてこよひは
さほひめよ
はなさくかげに
うたへかし

そらもえへりや
はるのよは
ほしもかくれて
みえわかず

よめにもそれと
ほのしろく
みだれてにほふ
うめのはな

はるのひかりの
こひしさに
かたちをかくす
うぐひすよ

はなさへしるき
はるのよの
やみをおそるゝ
ことなかれ

うめをめぐりて
ゆくみづの
やみをながるゝ
せゝらぎや

ゆめもさそはぬ
香なりせば
いづれかよるに
にほはまし

こぞのこよひは
わがともの
うすこうばいの
そめごろも

ほかげにうつる
さかづきを
こひのみえへる
よなりけり

こぞのこよひは
わがともの
なみだをうつす
よのなごり

かげもかなしや
木下川に
うれひしづみし
よなりけり

こぞのこよひは
わがともの
おもひははるの
よのゆめや

よをうきものに
いでたまふ
ひとめをつゝむ
よなりけり

こぞのこよひは
わがともの
そでのかすみの
はなむしろ

ひくやことのね
たかじほを
うつしあはせし
よなりけり

わがみぎのてに
くらぶれば
やさしきなれが
たなごころ

ふるればいとゞ
やはらかに
もゆるかあつく
おもほゆる

もゆるやいかに
こよひはと
とひたまふこそ
うれしけれ

しりたまはずや
うめがかに
わがうまれてし
はるのよを

[st-w20] 二 六人の処女 – おくめ

こひしきまゝに家を出で
こゝの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ

こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
鬢の毛を吹く河風よ
せめてあはれと思へかし

河波暗く瀬を早み
流れて巌に砕くるも
君を思へば絶間なき
恋の火炎に乾くべし

きのふの雨の小休なく
水嵩や高くまさるとも
よひ/\になくわがこひの
涙の滝におよばじな

しりたまはずやわがこひは
花鳥の絵にあらじかし
空鏡の印象砂の文字
梢の風の音にあらじ

しりたまはずやわがこひは
雄々しき君の手に触れて
嗚呼口紅をその口に
君にうつさでやむべきや

恋は吾身の社にて
君は社の神なれば
君の祭壇の上ならで
なににいのちを捧げまし

砕かば砕け河波よ
われに命はあるものを
河波高く泳ぎ行き
ひとりの神にこがれなん

心のみかは手も足も
吾身はすべて火炎なり
思ひ乱れて嗚呼恋の
千筋の髪の波に流るゝ

[st-w02] 一 秋の思 – 秋

秋は来ぬ
秋は来ぬ
一葉は花は露ありて
風の来て弾く琴の音に
青き葡萄は紫の
自然の酒とかはりけり

秋は来ぬ
秋は来ぬ
おくれさきだつ秋草も
みな夕霜のおきどころ
笑ひの酒を悲みの
杯にこそつぐべけれ

秋は来ぬ
秋は来ぬ
くさきも紅葉するものを
たれかは秋に酔はざらめ
智恵あり顔のさみしさに
君笛を吹けわれはうたはむ

[st-w30] 三 生のあけぼの – 明星

浮べる雲と身をなして
あしたの空に出でざれば
などしるらめや明星の
光の色のくれないを

朝の潮と身をなして
流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
清みて哀しききらめきを

なにかこひしき暁星の
空しき天の戸を出でて
深くも遠きほとりより
人の世近く来るとは

潮の朝のあさみどり
水底深き白石を
星の光に透かし見て
朝の齢を数ふべし

野の鳥ぞ啼く山河も
ゆふべの夢をさめいでて
細く棚引くしのゝめの
姿をうつす朝ぼらけ

小夜には小夜のしらべあり
朝には朝の音もあれど
星の光の糸の緒に
あしたの琴は静なり

まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと/\若き光をば
名けましかば明星と

[st-w42] 四 深林の逍遥、其他 – 合唱 二 蓮花舟

しは/\もこほるゝつゆははちすはの
うきはにのみもたまりけるかな

あゝはすのはな
はすのはな
かげはみえけり
いけみづに

ひとつのふねに
さをさして
うきはをわけて
こぎいでん

かぜもすゞしや
はがくれに
そこにもしろし
はすのはな

こゝにもあかき
はすばなの
みづしづかなる
いけのおも

はすをやさしみ
はなをとり
そでなひたしそ
いけみづに

ひとめもはじよ
はなかげに
なれが乳房の
あらはるゝ

ふかくもすめる
いけみづの
葉にすれてゆく
みなれざを

なつぐもゆけば
かげみえて
はなよりはなを
わたるらし

荷葉にうたひ
ふねにのり
はなつみのする
なつのゆめ

はすのはなふね
さをとめて
なにをながむる
そのすがた

なみしづかなる
はなかげに
きみのかたちの
うつるかな

きみのかたちと
なつばなと
いづれうるはし
いづれやさしき