不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心
Tag Archives: 心
[it-i047] 煙 – 一 (47)
糸切れし紙鳶のごとくに
若き日の心かろくも
とびさりしかな
[it-i056] 煙 – 二 (9)
飴売のチャルメラ聴けば
うしなひし
をさなき心ひろへるごとし
[it-i060] 煙 – 二 (13)
田も畑も売りて酒のみ
ほろびゆくふるさと人に
心寄する日
[st-w04] 一 秋の思 – 狐のわざ
庭にかくるゝ小狐の
人なきときに夜いでて
秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ
恋は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる吾心
[st-w35] 三 生のあけぼの – 哀歌
中野逍遥をいたむ
『秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴台旧譜盧前柳、風流銷尽二千年』、これ中野逍遥が秋怨十絶の一なり。逍遥字は威卿、小字重太郎、予州宇和島の人なりといふ。文科大学の異材なりしが年僅かに二十七にしてうせぬ。逍遥遺稿正外二篇、みな紅心の余唾にあらざるはなし。左に掲ぐるはかれの清怨を写せしもの、『寄語残月休長嘆、我輩亦是艶生涯』、合せかゝげてこの秀才を追慕するのこゝろをとゞむ。
思君九首 中野逍遥
思君我心傷 思君我容瘁
中夜坐松蔭 露華多似涙
思君我心悄 思君我腸裂
昨夜涕涙流 今朝尽成血
示君錦字詩 寄君鴻文冊
忽覚筆端香 窓外梅花白
為君調綺羅 為君築金屋
中有鴛鴦図 長春夢百禄
贈君名香篋 応記韓寿恩
休将秋扇掩 明月照眉痕
贈君双臂環 宝玉価千金
一鐫不乖約 一題勿変心
訪君過台下 清宵琴響揺
佇門不敢入 恐乱月前調
千里囀金鴬 春風吹緑野
忽発頭屋桃 似君三両朶
嬌影三分月 芳花一朶梅
渾把花月秀 作君玉膚堆
かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今はた残る歌反古の
ながき愁ひをいかにせむ
かなしいかなやする墨の
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり
かなしいかなや前の世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ
かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契りも結ばずに
君は早くもゆけるかな
すゞしき眼つゆを帯び
葡萄のたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬き姿かな
同じ時世に生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれないの花は散り
われ命あり八重葎
かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらんさける間も
かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いと/\清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く
君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ
かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才なれば
病に塵に悲に
死にまでそしりねたまるゝ
かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ棹
磯にくだくる高潮の
うれひの花とちりにけり
かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて嘶けば
つきせぬ草に秋は来て
声も悲しき天の馬
かなしいかなや音を遠み
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
飄り行く一葉舟
[st-w19] 二 六人の処女 – おさよ
潮さみしき荒磯の
巌陰われは生れけり
あしたゆふべの白駒と
故郷遠きものおもひ
をかしくものに狂へりと
われをいふらし世のひとの
げに狂はしの身なるべき
この年までの処女とは
うれひは深く手もたゆく
むすぼほれたるわが思
流れて熱きわがなみだ
やすむときなきわがこゝろ
乱れてものに狂ひよる
心を笛の音に吹かん
笛をとる手は火にもえて
うちふるひけり十の指
音にこそ渇け口唇の
笛を尋ぬる風情あり
はげしく深きためいきに
笛の小竹や曇るらん
髪は乱れて落つるとも
まづ吹き入るゝ気息を聴け
力をこめし一ふしに
黄楊のさし櫛落ちてけり
吹けば流るゝ流るれば
笛吹き洗ふわが涙
短き笛の節の間も
長き思のなからずや
七つの情声を得て
音をこそきかめ歌神も
われ喜を吹くときは
鳥も梢に音をとゞめ
怒をわれの吹くときは
瀬を行く魚も淵にあり
われ哀を吹くときは
獅子も涙をそゝぐらむ
われ楽を吹くときは
虫も鳴く音をやめつらむ
愛のこゝろを吹くときは
流るゝ水のたち帰り
悪をわれの吹くときは
散り行く花も止りて
慾の思を吹くときは
心の闇の響あり
うたへ浮世の一ふしは
笛の夢路のものぐるひ
くるしむなかれ吾友よ
しばしは笛の音に帰れ
落つる涙をぬぐひきて
静かにきゝね吾笛を
[st-w18] 二 六人の処女 – おきぬ
みそらをかける猛鷲の
人の処女の身に落ちて
花の姿に宿かれば
風雨に渇き雲に饑え
天翅るべき術をのみ
願ふ心のなかれとて
黒髪長き吾身こそ
うまれながらの盲目なれ
芙蓉を前の身とすれば
涙は秋の花の露
小琴を前の身とすれば
愁は細き糸の音
いま前の世は鷲の身の
処女にあまる羽翼かな
あゝあるときは吾心
あらゆるものをなげうちて
世はあじきなき浅茅生の
茂れる宿と思ひなし
身は術もなき蟋蟀の
夜の野草にはひめぐり
たゞいたづらに音をたてて
うたをうたふと思ふかな
色にわが身をあたふれば
処女のこゝろ鳥となり
恋に心をあたふれば
鳥の姿は処女にて
処女ながらも空の鳥
猛鷲ながら人の身の
天と地とに迷ひいる
身の定めこそ悲しけれ
[st-w01] 若菜集 – 冒頭部
こゝろなきうたのしらべは
ひとふさのぶだうのごとし
なさけあるてにもつまれて
あたゝかきさけとなるらむ
ぶだうだなふかくかゝれる
むらさきのそれにあらねど
こゝろあるひとのなさけに
かげにおくふさのみつよつ
そはうたのわかきゆえなり
あじはひもいろもあさくて
おほかたはかみてすつべき
うたゝねのゆめのそらごと
[st-w16] 一 秋の思 – 望郷
寺をのがれいでたる僧のうたひ
しそのうた
いざさらば
これをこの世のわかれぞと
のがれいでては住みなれし
御寺の蔵裏の白壁の
眼にもふたたび見ゆるかな
いざさらば
住めば仏のやどりさへ
火炎の宅となるものを
なぐさめもなき心より
流れて落つる涙かな
いざさらば
心の油濁るとも
ともしびたかくかきおこし
なさけは熱くもゆる火の
こひしき塵にわれは焼けなむ